03
「なー、就職先決まったんだろ。どこ?」
「──名刺できてからちゃんと教えマス。お母さんの推薦もあったとこだから大丈夫」
専門学校に通い始めて3年目。勉強は勿論のこと、資格取得や実習に励んだ甲斐あって無事就職先も決まった。実績や実務経験が無いに等しい私にとって、同じ職業である母親のコネを使ったところで戦力にはならない。親からはアドバイスだけもらって、試験をクリアしようやく一段落ついた。
御幸もプロ3年目、年を重ねるごとに実力がついてきている──それに伴って知名度も。昨年より1軍に出場する回数も増えているため、野球好きの女子の間ではかなり知られる存在となった。「御幸のみてくれに騙されてる女が多い」と文句を言っていたのは親友の菜々美だ。
一也がプロとなってから、頻繁には会えないのは相変わらずだった。いまだに数えられる程度で、両手の指折りで足りてしまう。お互いの空いた日が、タイミングが重ならない。
それでもラインやメール等の連絡が途絶えることは無かった。
2人で出掛けても視線を感じることが多くなった。今もテンション高く「握手して下さい」と一也に声をかけ手を差し出す女性ファンは、一通りの感情を伝え終えると一瞬私に視線を向けた。それこそ頭の上から足の先まで舐めるように。
“プロ野球選手”である御幸一也の彼女はどんな女か見極めようとしてるようだ。有名人なのか、美人なのか、御幸一也の横に立つのに相応しい女なのか。
考えすぎではないと思う。一也と一緒に出掛けると大抵この視線を投げつけられるし、女は男に分からないように駆け引きすることに長けている。──菜々美の受け売りだけど、最近分かってきた。
私はその度に、自分の立ち位置と自分自身を見つめ直すようになった。
ファンが去っていくと、私は一也の腕の服を後ろからつまんだ。
「……2人っきりになりたいなー……なんて」
本人にしか聞こえないように呟けば、一也が眼鏡越しに目を大きく見開いたのが分かった。
「──…甘えてんの?」
ニヤニヤした顔でからかい気味に返した一也に、私は照れもせず「うん」と即答した。一也は拍子抜けして驚いたようだったが私の手を握って歩き出した。
「ん……」
2人で会った日は決まって一也に抱かれる。裸の一也の背中に手を回すと、高校の時よりもひと回り身体が大きくなって、プロのスポーツ選手であることを実感する。
私は一也の胸に顔を寄せる。
表情を悟られないようにするために。
「一也」
「──ん?」
「もう1回、したい」
抱きついたままそう口にすると、一也は私の顔を覗き込んだ。
「珍しー、初めてじゃね?澪から言ってくんの」
「……だめ?」
「……いーや?そう言われて燃えない男はいないだろ」
横になっていた一也が体勢を変えて私に覆いかぶさってきた。私は一也の首に手を回し、強く抱きつき「一也」と名前を呼んだ。
「ずっとずっと、大好きだよ」
流石に顔を見ては言えないので、抱きついたまま。
決して小声にならないように、この思いが届くようにはっきりと言葉にのせて。
その直後、一也が首から私の腕を取ると激しく私の唇を塞いだ。
私も同じように一也に応える。
キスをしていると言葉で追及されることもない。
キスで目を閉じていれば不安に揺れる瞳が察されることもない。
抱かれていれば声を発してもちゃんと言葉にならない──から。
私は何度も、一也を求めた。
2016.9.16