03
今日は廊下が騒がしい。
いつも通り登校し自分の教室まで歩いていると、あるクラスの前に人だかりが出来ていた。廊下から教室の中を覗いてコソコソ集団が喋っている。主に女子。
なんだ一体。私のクラスはその奥なので、通りすがりに騒ぎの原因を確かめようと横目で中を盗み見た。
目に飛び込んできたのは──とても意外な状態の男子だった。
「……何その顔」
思わず廊下で立ち止まり、その『原因』に向かって呟いた。すると今まで視線を寄こさなかった「そいつ」は急に廊下に顔を向け、私に気付くとこちらに寄って来た。
「おーっす、立木」
「……おはよ御幸。顔傷だらけじゃん、誰にやられたの」
御幸の顔には大きな絆創膏が貼られ、切り傷やら擦り傷が所々に。男女関係無く「何があったんだ」と騒ぐのも無理はない有様だ。
少し前にスーパーで会話を交わしてから、顔を合わせれば話す間柄になった私と御幸。廊下で騒いでいた女子達は少し驚いた様子で私達を凝視していた。
御幸が野球が上手く、中1にしてシニアのチームでレギュラー入りしていることで密かに女子に注目されてる?らしい。「背高くないけどカッコいいんだよー!」なんて言ってる女子を見かけたことがある。
でも御幸が女子と必要以上に会話しているのを私は見た事がない。それは他の女子も思っていたようで、私が普通に御幸と喋っているのを見て驚いている様だった。
「あー、これ?昨日シニアの練習があって、ちょっとな」
ぽりぽりと絆創膏が貼られた頬をかきながら、はははと御幸は軽く笑う。
詳細を聞かなくても、何となくどういう経緯で──なのかは想像できた。
「……先輩?1年のくせに生意気なんだよてめー、とか?」
「!お、よく分かったな」
「……1人にやられたって感じじゃないもん、その傷。一方的にボコられたんでしょ」
「はは……当たりー」
「もしかして、服で見えないとこも殴られたりしてるの?」
どうやら図星だったらしい御幸は、苦笑いを見せる。
そんな御幸を見て私は溜息をついた。
「1年でレギュラー入りして調子乗ってんじゃねーぞ、みたいな?」
「すげーな立木、全部お見通しだな!」
「……手出した時点で負けを認めてるようなもんじゃない。馬鹿なの、その先輩方は」
私は軽く苛立っていた。妬み僻みで一方的に相手を傷つけるなんて、やられた方はたまったもんじゃない。野球の実力で勝てない鬱憤を暴力で晴らそうとする、なんて馬鹿馬鹿しいにも程がある。
「……1人に対して複数でしか立ち向かえない、ってのも大嫌いなの、私」
「──お前、怒ってる?なんか、わりぃな。……けどサンキュー」
御幸と接するようになってよく見るようになった、ニカッと笑う表情。その笑顔を見せた後、御幸のそれは不敵な笑みへと変わった。
「でも俺は今のポジションを誰にも譲る気はねーよ」
「……そういえば、御幸ってポジションどこだっけ」
「キャッチャー!こんな面白えポジション他にねえからな!」
「……キャッチャーかあ。……うん、らしい、ね。御幸っぽい」
兄の涼くんは投手だから、捕手の重要性はとてもよく分かってる。時々兄の球を捕って練習に付き合ったりしてる身としては。
妙に納得して頷く私を見て御幸は一瞬固まった。でもすぐに「だろー?」と笑っていつもの調子に戻る。
「立木って野球詳しいのかー?」
御幸に突っ込まれ、あれ言ってなかったっけ、と気付く。
「兄が江戸川シニア出身なんだよ。野球の試合も結構見に行ってるから」
「え?そうなのか!?」
「うん……あ、予鈴なった!じゃーね御幸、無理しないようにね!」
鳴ったチャイムに焦った私は、御幸の問いかけに完全に答えることなく急いで自分の教室に入った。
ま、そのうちバレる事だよね。
私の家族に関することは。
2014.10.5