チーター様はかく語りき




「……お」

「──こんにちは」


 平日の練習終了間際、所用で寮から戻りグラウンドに向かう途中でまた早川と立木さんに遭遇した。2人の両手には買物袋が握られている。


「……これ、少ないかもしれないけど差し入れ、デス」


 俺と目が合った後、即座に目線をそらした早川は手をずい、と俺に差し出した。半透明のビニール袋から見えたのは、スポーツドリンクのペットボトル。立木さんが持っている袋の中身も同じものだった。
 思わず疑問が口をついて出る。


「……何でいきなり、こんな事」

「……この前、部員の人達がご飯食べてたのに騒がしくしちゃったから。お詫びと、鍵のお礼を兼ねて」


 居心地が悪そうに口を尖らせて呟く早川に、立木さんが苦笑しながら俺に尋ねてきた。


「流石にひとりじゃ持てないから、って私も駆り出されたの。足りるかな?1人1本って訳にはいかなくてごめんね」

「──サンキュ。なんか気遣わせたみたいで悪ぃな」

「グラウンドで渡しても手間かけそうだから寮まで持っていっても大丈夫かな」

「おー。もう練習終わっから、飯の時に皆に配るわ」


 俺はマネージャーの梅本に事の詳細を説明した後、グラウンドに入った。女連中はワイワイと賑やかに寮に向かって歩いて行く。

 ……この前会った時よりも元気になってんな。

 早川の後姿を見ると、帰りに送った時の光景がフラッシュバックした。神妙な声に、どこか寂しそうな背中。
 隣に立木さんと梅本がいるせいなのかは分からないが、その時とは違う様子に俺は何故か安堵していた。






 現役の1、2年よりも先に練習を切り上げた俺と御幸は寮に向かった。御幸は沢村と降谷に引き止められていたが「立木さん来てるぞ」という俺の一言で「じゃお先〜」と早々にグラウンドを後にした。背後から沢村が煩い。


「本当はこの前食堂で騒いだ早川の、お詫びの付き添いだけどな」


 立木さん自らお前に会いに来たんじゃない、という俺の付け足しも御幸には「ふーん」と軽く流され、青道に来た理由はさほど興味のないようだった。
 でも差し入れするだけなら、もう寮を出ていてもいいはずだけどな。

 自分の部屋に戻る前に食堂の扉を開けると、立木さん、早川と高島先生が固まって座っていた。


「御幸くん、倉持くん。お疲れ様」


 先生は俺らに声をかけると、すぐに立木さんとテーブル上のプリントを見ながら何やら話し込んでいる。
 聞けば御幸の怪我のケアを、トレーナーである立木さんの母親がしたという情報を聞いた他の運動部の顧問が、選手のコンディション調整に関するプロのマニュアルが欲しいと高島先生に要望したのだという。


「母は今選手の海外遠征に同行していて日本にいないので……先生のメールアドレスを教えて頂ければ、母と直で連絡とれると思います。私からもこの話を母に伝えておきます」

「ありがとう。お母様お忙しいでしょうし、無理にとは言いませんから」

「いえ、未来ある学生の為なら、と喜ぶと思いますよ」


 先生との話が一段落ついたところで、立木さんは俺らに顔を向け「お疲れ様ー」と声をかけた。


「……ここに置いてあるから。差し入れ」


 早川は俺をちらりと見やると、食堂の隅を指差し気まずそうに小声で言った。今日の早川を見てると、この前の態度に対する気が削がれた。


「──気にすんなよ。誰も何も思ってねーから」

「……そうだとは思うけど、こっちの気が治まらなかったから。先生やマネージャーさんにもお礼言いたかったし」

「早川もしおらしいところあんだなー」

「……一言余計なのよアンタは。いつも意地が悪いわね」

「御幸の意地の悪さは今に始まったことじゃないじゃない」


 彼女である立木さんまでもあっさり放った一言に、御幸も「意外と傷つくんですけど、俺」とぼそっと呟いたが全く相手にされず、俺はヒャハハと思いっきり笑ってやった。
 その直後、食堂の扉が開くと同時に馬鹿でかい大声が響いた。


「お疲れっす!!──澪さん!」

「あ、沢村くん。練習終わったんだねーお疲れ様」

「うるせーぞ沢村!」


 慣れてるとはいえ立木さんが来ていてテンションが上がった沢村の声は耳に痛い。


「ちわっす!澪さんのお友達!?の……」

「早川です。この前はお騒がせしました」


 沢村は立木さんの隣にいる早川に目を向けると深々とお辞儀をした。早川もならって頭を少し下げる。立木さんの友達だから、と勝手に心開いているようだ。


「差し入れ持ってきたのでご飯の後どーぞ」

「あざっす!ていうか……まさか倉持先輩とデキてることはないですよね!?あの日一緒に出て行ったから気になって──」


 沢村の言葉に、早川と立木さんは同時に固まった。俺は間髪入れずに沢村に絞め技をきめた。


「な訳ねーだろ」

「ぐえっ……いや、倉持先輩なら分かんねえ!アンタ前に若菜の写真見せろとか言ってたじゃないっすか!!」

「いっ……いつの話してんだよ!かなり前だろーが!」

「チーター様は女子に手を出すのも早い──ぐっ……ギブ……ずみ゛まぜん!」


 沢村の身体を拘束したまま言い合いになっていると、早川が静かに席を立った。


「──澪。私、帰るわ」

「……え?」

「もう用も済んだし。これからここで部員の人達ご飯でしょ。先に出てるね、澪も終わったら連絡して」


 立木さんが呆けて返事をすると同時に、早川は先生に礼をした後静かに食堂を出て行った。


 な、何だよ急に。いや急じゃねえか。
 でも明らかに俺がここに入ってきた時と、今とじゃ早川の雰囲気が違え。


「……何だよアイツ」


 何で俺がこんなに気にしなきゃなんねーんだ。俺は今日は何もしてねーぞ、あいつの気に障ることなんて──


 自分でも何でこんなに動揺してるのか分からない。いつの間にか沢村から腕を離してしまっていた。

 そんな俺の様子を見た立木さんは、ニッと笑うと座ったまま俺を見上げた。


「──追いかけてもらいたいんじゃない?チーター様に♪」

「……あ?」


 俺がぽかんと口を開けていても立木さんの表情は変わらなかった。何かに確信を持っているかのように、自信ありげな顔で俺を見つめている。
 その顔が、どっかで見たことのある誰かの表情に似ていて俺は顔を引きつらせた。


「……御幸に似てきたんじゃねーか立木さん──くっそ、沢村後で覚えとけよ!」


 俺は「え、それは嫌だ!」という立木さんの声に弾かれるように食堂を飛び出した。
 踊らされたんじゃない。
 誘導されたかのようだけど、今走っているのは俺の意志だ。



 俺が出て行った後、食堂でこんな会話がされているとは知らずに。




「……策士じゃね?」
「──え?」
「くっつけようとしてんの?早川と倉持」
「んー……そういうつもりじゃないけど、今菜々美はこうして欲しいんじゃないかなーと思っただけ」
「……違ってたらどーすんだよ、怒られるぞ」
「……ハハ」







**********






 澪を置いて出て来てしまった。ただあの場所にいたくなかっただけ。沢村くん、の話を聞いてからだ。

 学校の敷地外まで自分のペースを保ちながら歩を進める。
 だけど、胸の奥が薄暗いもので埋まっていく感覚がある。

 何故か?──理由は気付かないようにしてるだけ。
 恋愛初心者の澪じゃあるまいし、そんなに鈍くない。
 この、微かにイライラする、胸をじわじわ刺すようなこの感情は──


 気付きたくない。嘘であって欲しい。この前彼氏と別れたばかりなのに、軽すぎる。
 自分でも驚いてる。まさかこんな感情が息を潜めていたなんて。
 信じたくないのに、受け入れなければいけない事実に、私はかなり動揺していた。


「──おい!!」


 後方から、聞き覚えのある声がする。振り返ると、恐ろしい勢いでこちらに走ってくるユニフォーム姿の倉持くんが。

 姿勢がブレることなく、速く走るための全く無駄の無い動き。
 あまりのスピードに、条件反射なのか私は逃げる為に走りだした。

 な、何なの。何で追いかけてくるの。

 強い風が吹いているわけでもないのに、強烈な追い風が向かってくるかのようで、背筋がゾクッとした。


 距離があっという間に詰められたのか、右手を強い勢いで引っ張られた。
 あんなに距離があったのに、こんなにも早く。


「何で逃げんだよ!?」

「──っ、追いかけてきたからでしょ……っ!!」

「はあ!?」

「追われると、逃げたくなるのよ──動物ってもんは……」


 私の方が息が切れてるってどういうことか。走った後だからか言っていることがめちゃくちゃだ。
 意識的に息を整えて、深呼吸をする。手はまだ掴まれたままだ。


「……別に、倉持くんが気にするようなことは、ないでしょ……」


 まだ完全に頭が回らない。ただ自分の中に湧いてきた疑問を口にした。
 私の言葉を聞いた倉持くんは、一瞬目を見開いた後視線をそらし、チッと舌打ちした。


「……なんか気になんだよ」


 私は思わず倉持くんの顔を見つめた。ちゃんと表情は見えないけれど、怒ってはいない。


「──なんで私が気になるの?」

「──え?いや、別に……」

「違うの?」

「分かんねえんだよ!自分でもよく分からねえ……」


 ちょっと追いつめ過ぎたのか、倉持くんは大きな声を出した後黙ってしまった。

 お互い、心の奥底では気付いているのに気付きたくない。
 完全には分かっていない、振りをしてる。
 お互い恋愛を受け入れたくない何かが燻っているからだ。


 でも倉持くんは私から手を離そうとしないし、私もその温かさや力強さが心地良いと思ってる。
 思考より、感覚の方が素直だ。



「……ま、私の方が経験が豊富なのは間違いないわね」

「──あ?」

「若菜ちゃんのじゃなくて悪いけど、メアドいる?」


 息も整った私を、倉持くんが目を真ん丸にして見つめる。
 一瞬呆然とした後、なんともバツの悪そうな表情を浮かべた。






 チーター様なら、捕まえてみなさいよ。
 すぐに捕まる気はさらさら無い。
 食うか食われるか、互いに駆け引きしあいながら過ごすのも、悪くない。











2016.5.16







×
「#甘甘」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -