チーター様はかく語りき



※ヒロインの親友・菜々美と倉持のお話です。
 名前変換は御幸ヒロインで、この話では脇役です。







 人の事ならぽんぽんと正論を言えるのに。
 いざ自分の事になると、上手くいかないことだらけ。
 そもそもどういう状態が「上手くいってる」のか。毎日彼と連絡を取り合って、声が聞けて、顔も見れて、笑い合って、くっつき合って──?

 それを順調な恋愛、っていうのだろうか。








「で、菜々美は?彼氏とはどうなの?」


 今日は親友の澪の家に1泊する。中学からの仲である澪とは、お互い家族とも顔馴染みで仲が良い。高3になった今でも、澪の両親が仕事でまだ家に帰っていないのはいつものことだ。澪作の夕食を食べ終えて入浴も済ませると、交代でお風呂に入っている澪を除いた澪の姉の凛さん、久し振りに実家に帰ってきていた兄の涼さんとソファで談笑していた。
 そんな時、急にふられた話題に一瞬固まった。


「え、私?」

「ん。澪から菜々美はバイト先が一緒の大学生の男と付き合ってるって聞いたけど?」

「おー、菜々ちゃんマジか」

「まぁ……そうなんですけど。付き、合ってます」


 歯切れの悪い私の言葉に、凛さんがいち早く気がつき身を乗り出した。


「どしたの、何かあった?」

「んー……どうも、二股かけられてるぽいんですよね」

「え……さらっと言うな―菜々美ちゃん」

「──私のとこに連れてきなさい、一発殴って吐かせてやるから」


 笑顔のまま腕をグルグル回し出した凛さんに、涼さんの顔が強張った。


「……お前の一発はシャレにならねえから絶対止めとけよ」

「もう1人の相手も多分、同じバイトの子です」

「──菜々美ちゃん、それ本当?」

「直接確認したわけじゃないけど……合ってると思います、勘ですけど」


 凛さんの笑顔がどす黒くなり、足の素振りまで始めたのを見て涼さんがたじろいでいる。
 私はそれを見ると苦笑しつつ呟いた。


「……やることはやってんですよね。そういうもんなんですかね、男って」

「……そんなことないわよ。菜々美はこれからどうするつもり?」

「……別れる、つもりです。ちょっとまだ、分からないですけど……」


 凛さん、涼さんが心配そうにしているその奥から、パジャマ姿の澪が近づいてきた。澪の表情を見る限り、今の会話は聞こえたんだろう。
 私は「大丈夫ですから」と言い終えると、飲み物の用意を始めた澪に近寄った。4人分のカップを出しながら、澪は真顔で私を見やる。


「……初めて聞いた。そんなこと」


 いつもより声が低く、怒りを抑えているように聞こえ、私は自嘲した。


「だーって澪は御幸の事でテンパってたじゃないの」

「……っ、ごめん。気付いてあげられなくて──」

「澪が悪いわけじゃないじゃない。悪いのはアイツだから、そしてそういう男を好きになった私もね」


 澪の顔が悔しそうに歪む。親友に気にして欲しくなかったから言わなかっただけなのに、やっぱりこうなってしまうのか。


「──もう別れるから。気にしないでね澪」


 私の言葉を聞いた澪は、それ以上何も言わなかった。







**





 決意してすぐに行動に移さないと気持ちが揺らぐかもしれないと、澪の家に泊まってからすぐのバイト終わりに、彼に聞きたかった事を問い詰めた。奴は動揺しながらもあっさり認めた。私が受験でバイトを減らしてから、徐々にもう1人の彼女との距離が縮んだらしい。

 急激に冷める、ってこういうことをいうんだなと思った。彼の弁解を聞いているとどんどん冷静になってしらける自分がいる。彼の長々しい訴えが遠くに聞こえ、何でこの人と今まで一緒にいたんだろう、と自分が情けなくなった。
 いつだったか澪に「恋愛は人を馬鹿にする」って意気揚々といったことを思い出す。結局私も馬鹿なまんまだった、ってことか。

 きっかけは彼からの告白だったけど、恋愛感情も生まれ、1年も付き合った。別れると決めて「良かった」と思う自分と、「これで終わりなんだ」という喪失感が漂い始めた自分が混ざり合って、最後は複雑な表情しか見せれないまま終わった。この先面倒だからバイトも辞めることにした。


「……で、なんで青道?」

「野球部の高島先生に用があって……。部員が怪我した時の為に、ケアのやり方が知りたいって。お母さんが作ったマニュアルを渡さないといけなくて」


 彼と別れてから、澪はちょくちょく私を誘うようになった。慰めるといったことは無く、「ご飯食べて帰る?」とか「買物行くけど一緒にどう?」とかそんな程度に。
 今日は買物に行く前に、と2人で青道高校に来ていた。





「……お」
「あ、倉持くん」
「げ」


 三人三様の言葉にお互い顔を見合わせる。グラウンドに近づくと、前から歩いてくる部員を発見して出た言葉がこれだ。


「げ、って何?」

「あー、いや、その」

「立木さん、と……2年振りか?久し振り」

「え?」


 澪は知らない。1年の時、私が1人で青道に来た事を。しかも御幸に彼女がいないかチェックしに来たことが目的だったとバレたら、いくら澪でも怒りそうな気がする。
 甲子園予選の試合を澪と見に行った時に顔を合わせたような気もするけど、正直よく覚えていない。この様子だとこいつもそうなんだろう。

 私はもう観念して、倉持、くんの次の言葉に覚悟を決めた。


「え、って知らねーの?1年の時ここで会ったことあんだよ。えーと、早川だったよな」

「……よく覚えてたね」

「──ふーん……」


 澪が「ふーん」を最後に黙りこくったまま何も追及してこないことに冷や汗をかきながら、私は倉持くんをチラ見した。2年前はもう少しやんちゃな印象だったのに、人間やっぱり大人になるもんなのね。


「──立木?」


 倉持くんの後ろから御幸が姿を見せた。いつも思うけど御幸のスポーツサングラス姿って何か腹が立つのは私だけか。


「あ、御幸」

「どーしたよ?」

「高島先生に用があって……今いるかな?」

「おー、スタッフルームにいると思う。俺も部長に用あるから一緒に行くか」

「うん、じゃ菜々美ちょっと待ってて。すぐ戻るから」

「え、あ、うん」


 御幸と澪が2人でさっさと消えていったのはいいものの、ここに残された私と倉持くんはどうすりゃいいの。
 まあ倉持くんも練習に戻るか、と思っていたら彼は私の隣から動かないままだった。
 お互い無言のまま。
 私は続く沈黙に耐えられなくて、練習を見つめている倉持くんに話を振った。


「──まだ練習出てるんだ。引退したのに」


 私をちらりと見た倉持くんは、再びグラウンドに目線を戻し答えた。


「俺は大学のセレクションに受かったから、身体鈍らないように練習出てんだよ」

「セレクション?野球部の試験みたいなこと?」

「そう。大学でまた野球やれることになったから」

「ふーん……、じゃあ進路も決定で安泰だ。おめでとう」

「おー……、サンキュ。てかさ」


 私に向き直った倉持くんは、後ろ頭をポリポリ掻きながら軽く息を吐いた。


「なんか暗くねえ?前会った時の威勢の良さはどーしたよ」

「……あれから2年も経ったから私も大人になったのよ」

「そーかもしれねえけどよ……なんか落ち込んでんじゃねえのか?」

「……そう見える?すごいね、久し振りに会っただけなのにそんな事分かるなんて……エスパー?」


 語尾が強くなってしまったことに自分でも気付いた。少し苛立ってる私がいる。倉持くんは何も関係ないんだから。落ち着け私。
 倉持くんが何も言わないのをいいことに、感情に任せて言葉がついて出る。


「──お節介焼き、って言われない?」

「──あ?」

「あんたには何も関係無いんだから、放っとけばいいじゃないの」


 いくらなんでも態度が悪すぎる。これは元ヤンキー(だったはず)の倉持くんでも気分が悪いだろう。
 私の言葉に、彼は案の定顔をしかめた。


「……そーかよ、悪かったな。余計なこと言って。──じゃーな」


 そう吐き捨てると、倉持くんはグラウンドに入っていった。






 私は澪が戻るまでその場に佇んでいた。
 まだ完全には吹っ切れていないんだな、と改めて認識した気持ちと共に。






続く







2016.2.19



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