水面花


 憧れていた青道高校野球部のマネージャーになって、早半年。
 マネージャーの仕事には慣れたけれど、やっぱり先輩達の様にはいかない。動かなきゃいけない時に一足遅れるし、気配りもまだまだだ。
 でも絶対に辞めたくない。何と言っても野球が大好きだし、部員も、マネの先輩も、先生達も皆尊敬してる。

 だから、ちょっとやそっとの事でへこたれる訳にはいかないんだ。









「あ――!!立木、どーしたんだよその手!!」


 練習後、誰も気付いていなかった私の異変に同じ1年の沢村くんが声を上げた。余りにも大きな声だったので、このことを知られたくなかった私は冷や汗を流し、沢村くんをなだめる。


「大丈夫だから!マネの先輩も皆こうなってるよ――だからあんまり騒がないで」

「だってひでぇじゃねえかその手!めちゃくちゃ荒れてんじゃんか!」

「痛くなったりしてないから大丈夫だよ――ね、この話はもう終わり!」

「そんなになってて痛くねえ訳が……あ、御幸先輩!倉持先輩!」


 私はぎょっとした。沢村くんの大声につられたかの様に、2年の先輩達がこちらに向かってくる。大事にしたくないのに、事態は最悪の方向に進んでいった。


「どーした沢村」

「見て下さいよ先輩方!立木の手……ひどくないですか!?」


 沢村くんが急に私の腕を掴むと、先輩達に私の掌が見えるように突き出した。


「わ、ひでえじゃん」

「でしょ!?でも立木が平気だっつーんです!」

「本当に大丈夫ですから!家に帰ってちゃんとケアします!」


 一様に心配する声が聞こえ慌てていると、同学年の春乃と、唯先輩と幸子先輩が駆けつけてきた。


「ちょっとお!何でもっと早く言わないのさ!」

「今日は仕事あと少しだし、私達に任せて帰っていいよ。澪」

「大丈夫です!見た目ほど酷くないですから!」

「今日は私が澪の分まで働くから大丈夫!」

「春乃まで……」


 手をまじまじと確認され、マネの皆にまで心配される始末。沢村くんら部員に言われるより、マネの先輩に言われる方が正直堪える。心配して言ってくれているって分かっているのに「私がいなくても仕事はまわる」って言われているみたいで、急激に気分が落ち込んだ。



「立木」


 落ち着いた低い声がして顔を上げると、目の前には御幸先輩が立っていた。


「俺ハンドクリーム持ってっから、とりあえずそれ塗ってから家帰れ」


 御幸先輩は私の腕を優しく掴むと、寮へと歩き出した。


「御幸抜け駆けすんな―!」という幸子先輩の声が後ろから聞こえ、御幸先輩は立ち止まる。


「マネの仕事まだ残ってんだろ?立木もマネージャー仕事の邪魔にはなりたくないはずだし……な?」


 御幸先輩はニッと笑って私を見たので、ゆっくりと頷いた。
 私の心を見透かしたのか、先輩の言う事は当たっているけれど、御幸先輩のお世話になるのも違うと思うんだけど……。


「じゃー練習お疲れ!」


 そう言うと御幸先輩は私の腕を引っ張ったまま歩き出した。背後から「御幸先輩頼んます!!」という沢村くんの声が響く。部員の皆は何故かついて来なくて、御幸先輩と2人で寮へ向かった。

 キャプテンとして練習をまとめるだけでも大変なのに、私は申し訳ない気持ちでいっぱいになった。


「御幸先輩、迷惑かけてすみません……」


 私は御幸先輩の後ろ頭を見つめて謝った。部員をサポートする立場のマネージャーが、逆に迷惑をかけてしまうなんて本当に情けない。

 目が涙で滲みそうになった時、御幸先輩は私に振り返った。


「気にすんなって。部員も結構手のケアには気遣うんだぜ。マメはしょっちゅう潰れるし、捕手は投手の爪のメンテナンスもやる時あんだから」

「え……そうなんですか?」

「俺が持ってるのいいハンドクリームだからさ、おススメしよーかと思って」


 ニカッと笑った御幸先輩に、私もつられて笑った。だんだんと暗くなっていた気持ちが穏やかになっていく。


「……ありがとうございます」

「……おー」

「御幸先輩、あの、ちゃんとついていくんで離してもらってもいいですよ……手」


 ずっと私の手首を掴んでいた御幸先輩に呟いたら、先輩は少しの間をおいてハハハ、と笑い出した。


「まーまー、寮まで寮まで」

「……御幸先輩?」


 私の問いかけに答えること無く、結局先輩は寮まで私の腕を引っ張っていた。








「御幸先輩、寮の部屋はマネでも立入禁止じゃ……」

「うん、だからここで待ってて」


 御幸先輩の部屋の前まで来ると、先輩は勢いよくドアを開け、急いで部屋の中に入っていった。
 大して待つことも無く、手にハンドクリームを持った先輩が姿を見せた。


「ん」

「ありがとうございます…!」


 差し出されたハンドクリームをありがたく受け取る。今まで私が使ったことのないメーカーだった。


「……塗ってやろーか?」

「えっ!?いいです!!そんなことまで迷惑かけられません!」


 私はその場でハンドクリームの蓋を開けると、クリームを手に塗り込んだ。

 あ、いい感じ。

 夢中になって塗っていると、頭上から御幸先輩の声が響いた。


「――支えてくれて、バックアップしてくれる人達がいるから俺らは野球できるんだからさ…無理すんなよ?」


 囁くような、でも力強い声に御幸先輩を見つめれば、先輩は今まで見たことのない真剣な顔をしていた。


「――いつもありがとう」

「み、ゆき先輩……?」



 眼鏡を通した先輩の瞳に吸い込まれるかもと思った時、階下から幸子先輩の声が聞こえた。


「澪――、こっちは終わったよ――そっちは?」


 はっとした私は手すりを握って顔を出した。幸子先輩に「終わりました!荷物取って着替えてきます!」と言うと、御幸先輩に向き直りお礼を言った。


「先輩、ありがとうございました!早速帰りにこれ買いますね!」

「――おう。気を付けてな」

「お疲れ様でした!!」



 早足で寮の階段を下りると、帰り支度をするため急いで走った。

 ――こんな会話がなされているとは知らずに。










「御幸、あんた変なことしてないでしょーね」

「え?変なコト?」

「うっかり告ったりしてねーのか、ってことだよ!」

「……してねーよ。『いつもマネージャーの仕事ありがとう』って言っただけ」

「――私らに言ったことねーだろーが!!」











(100000HIT記念リクエストより:御幸の好意に全く気づかない1年マネヒロインと、恋愛事には不器用な御幸)

2015.12.4



 


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