時間無制限1本勝負


「いーか哲!いくら哲でもこいつは譲れねえ!」

「――俺もだ」

「これじゃ埒があかねえ…じゃあ勝負に負けた方がこいつを諦める、どうだよ!?」

「望むところだ」


「あのー…、結城君?伊佐敷?」


 今日は快晴。お昼休みのぽかぽか陽気に2人に連れられて校舎裏へ来てみたら、全く予想だにしていなかった展開に頭がついていかない。

 結城君とは3年で同じクラスになった。『青道野球部の主将』という堅苦しい肩書きがぴったりだと思っていたが、接してみるうちに天然で憎めないキャラだということが分かり親しく話す仲になった。
 伊佐敷は野球部の副キャプテンだったから、よく結城君を訪ねてうちのクラスに来る。結城君と話していると、伊佐敷も合流し、そのまま談笑――というのがお決まりのパターンだった。



「じゃー何で勝負すっか!?野球以外でな!」

「……将棋はどうだ?」

「俺は指せねえんだよ!」

「…あの、あのー、お2人さん?ちょっと説明してもらってもいい?」


 ますます加速する展開に、私は小さく挙手をして流れを遮った。


「なんだよ!?」
「なんだ?」

「2人が勝負するのは構わないんだけど、『私を諦める』だの『譲れねえ』だのは一体何デスカ」


 結城君と伊佐敷が同時に私に振り返ったため、私はビクっと身体を震わせた。


「お前聞いてなかったのかよ!?俺も哲もお前がす、す、好きだから渡せねえ!って話だろーが!!」

「……――え、ええーっ!!?」



 結城君が言葉を発さないまま頷いた。…こんな告白のされ方ってあるのか。しかも2人同時にって!


「う、う、…ウソでしょ?」

「こんなこと嘘ついてどーすんだよ!」
「本気だ」


 この漫画的展開に、女子は胸をときめかせるのが普通なんだろうけど――私を取り巻く空気は一向に甘くならない。


「オセロはどうだ?」

「哲持ってんのかよ?」

「携帯式のがクラスにある」

「しゃー!!じゃあオセロに負けた方が立木を諦める、な!」

「あの、さあ」

「げ、もう昼休み終わっちまうから勝負は放課後な!もう引退してっから時間は気にせずやり合うぞ」

「――分かった」

「……2人共、少しは私の話を」


 聞いて、と言い終わる前に2人はスタスタと歩いて教室へ戻っていく。
 私はしばらくその場に立ち竦んで呆然としていた。


 ……当事者の私を置いてくのはどうなの。

 しかも。


「なぜオセロ……」





**



「――結城と伊佐敷、今からオセロやんのかよ。放課後なのに帰らねーの?」

「これは哲との真剣勝負なんだよ!」

「次、純の番だぞ」

「わーってるよウルセーな!ちったあ集中させろ!」

「……」


 本当に放課後に結城君と伊佐敷のオセロ対決が始まった。クラスの皆は「なんだなんだ」と面白そうに眺めているが、2人の横に座らされた私はたまったものじゃない。このオセロ対決の意図が周りにバレたら、卒業まで私はどうやって学校生活を送ったらいいのか。勝負に興じているこの野球バカ達は分かってるんだろうか。


「悔しいけど野球じゃ哲に敵わねえからな…オセロなら勝つ自信はあるぜ!」


 伊佐敷の発言をよそに困惑しながら2人を見守っていると、結城君が急に私に振り返った。


「大丈夫だ。俺は澪を離すつもりは毛頭ない」

「おい哲!勝負の途中にそんな事言うなんざぬけがけだぞ!」



 結城君の言葉は女子をキュン死にさせるものだろうが、ドキドキする余裕も無い。いきなりの呼び捨てにも驚くと同時に、まだクラスの皆が教室に残っているので冷や汗が流れた。



「……急に呼び捨てはやめて――」
「えー!?この勝負澪を賭けてなの!?」


 私の突っ込みと同時に、近くにいた友達が驚いたまま大声を上げた。げ!と思ったのも既に遅し。無駄に通る声につられるかのように、ぞくぞくと私達の周りにクラスメイトが集まってくる。

 「マジか!」「澪モテるー!」「野球部2人からなんてすごーい!」「女賭けてなんて応援するぜ」などと皆言いたい放題。私は固まってその場をやり過ごす。


 もう周りは大騒ぎ。結城君サイドと伊佐敷サイドが綺麗に2分され、思い思いに檄を飛ばしている。


「あ〜結城くん、そっちじゃなくて端に置いた方が良かったのに」

「伊佐敷終盤気をつけろよ〜」

「オセロも何か賭けると燃えるなー!」


「……」


 皆盛り上がりたいだけじゃないのか、と一喝してこの場を収めたいがそんな勇気はなかった。


 周りの騒ぎに押し流され、とうとう勝負に決着がつく。




「――よーっっしゃ!!俺の勝ちだ哲!!」



 オセロの獲得枚数確認が終わると伊佐敷が吠えた。結城君は腕組みをしたまま黙っている。


「伊佐敷おめでとー!」

「立木さんマジで伊佐敷の彼女になんの??」

「澪はいいのー?」

「結城が固まってんぞ!」



 結城君、伊佐敷、私を、それぞれクラスの皆が質問攻めにする。


「あの、私は――」


 意を決してお腹から声を出すと、皆の視線が私に集中した。
 それに怯んだ時、結城君が座ったまま伊佐敷に向かって口を開いた。



「……3本勝負はどうだ?」

「あ?」

「3本勝負にして2本先取した方が勝ち。勝負の内容は変える」



 教室中に「おお――!!」という声が響いた。結城君の射るような目に、伊佐敷はしばらく黙っていたがチッ、と舌打ちをした。



「…わーったよ!!3本勝負だな!?それ以上はねーぞ!」

「――よし」



 室内が大歓声に包まれる。今日一番の大盛り上がり。
 私の発言は無かったかのように、結城君と伊佐敷は次は何で勝負するか話し合っている。



「……私、帰るわ」

「え?澪いいの!?」

「…なんか、アホらしくなってきた…」





 私は周りに取り囲まれている結城君と伊佐敷に何も言わずそっと教室を出た。2人は次の勝負の内容に気を取られていて、私が離れても気付きもしない。周りも次は何だと興奮していて、誰も私を呼びとめもしなかった。





 ……あいつら、私を口実に単に勝負がしたいだけなんじゃないの?







 明日学校に来たら、どうなっているのか。

 この先を想像するのも疲れ、私は深い息を吐いた。










2015.9.11


 


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