バックグラウンド


※御幸2年
 夏の大会前あたり




「おい…あの子、また見に来てるぜ」

「え、マジかよ――あホントだ」

「誰見に来てんだろーなー」


 ランニングが終わってポジション練習に入ろうかという時、部員の会話が耳に入った。そいつらの視線の先には、見慣れた青道の制服を着た女子生徒の姿があった。
 もうお馴染みの光景だった。



 その子はいつも1人だ。女友達と楽しくはしゃぎながらとか、帰宅する通りすがりに練習を見ているといったものではなく、時折グラウンドのフェンスに手をかけながらじっと俺達の練習を見ている。その場から動くことなく、日が落ちて辺りが暗くなる寸前まで。

 青道の野球部は名門なだけあって、通常練習でもギャラリーは多い。お目当ての選手がいるのか単に野球が好きなのかは分からない。いつもの如く青道野球部を応援してくれる1人として認識すればいいだけのことなんだ、が。


「……やっぱすげえ可愛いよなあ〜」


 皆思う事は同じで。


 遠目からでも分かるくらい、惹きつけられる。練習には気を抜いてない。でもふとした瞬間に彼女がいる方を見ると、風に吹かれて揺れている真っ直ぐなロングの髪の毛やスカート、ノックを微動だにせず眺めているその表情が――鮮明に目に入ってしまう。


 彼女の眼に映っているものは何か、探ってしまう。


 俺が2年になってからグラウンドに姿を見せ始めたので、1つ年下だろう。先輩達が沢村ら1年に聞き回ってたから間違いないと思う。

 彼女の名前は立木澪というらしい。



 でも、俺はそれ以上知ろうとは思わなかった。
 今は野球だけ。自分の気持ちに正直になっても、どうしようもない。野球以外の事で動く気など到底起きない。
 自覚したところで、自分で自分の首を絞めるだけなんだ。


 …こう思った時点で、もう手遅れなんだけど。



 誰にも気付かれないように、密かに、俺の中に華が根付いた。








**********



「おい御幸ぃ!!哲呼んできてくんねーか!」

「うーっす」


 「寮にいるからよ!!」と純さんから頼まれた俺は、練習真っ只中のグラウンドを抜け出す。
 一番近いフェンス扉の方に向かうと、扉近くにあの子がいるのが見えた。

 
 立木澪、チャン。


 本人に向かって未だ呼んだことのない名前を頭の中に浮かべながら、何食わぬ顔でその子に接近する。


 ……ヤベぇ、近くで見るとホント可愛いな。


 部員の掛け声や、金属がボールとぶつかる音、ボールがグラブに収まる音がBGMのように聞こえる。彼女のそばに近づくというだけで、ついさっきまで練習に励んでいたのが嘘のようだ。俺は運動でかくそれとはまた違う汗をかいた。


 このひとときを惜しむかのようになるべくゆっくり出口へ向かうと、彼女が俺を見た。

 サングラス越しでも分かる、初めて間近で見た――俺を視界に入れた、その表情。
 確かに俺と彼女は目が合った。


 立木、さんは一瞬目を見開いて固まった後、小さく頭を下げフェンスから離れようとする。

 俺はあ、と名残惜しい気持ちを実感し、行動に移した。


 ――このチャンスを逃しちゃいけねえ。



「――いつも見に来てくれてるよな、ありがとなー」


 友達に(そんなにいねーけど)話しかけるように、何のウラも無いと思わせるように、自然に。
 沢村達後輩と話すように、気楽に。


 自分でも驚くくらい緊張してるのを悟られないように彼女に声をかけたら、立木さんはこれでもかという位目を大きくして俺を見つめていた。


 ――ん??


 俺の冷や汗はさらに増す。なんかマズイこと言ったっけ、変に思われること口に出したっけ?


 いたたまれずに頭をかいてやり過ごすと、立木さんはハッとしたように背筋を正し、俺と向き合った。


「ーーみ、御幸せんぱ、い」


 ギ、ギ、ギと効果音がしてもおかしくない位ぎこちなく俺の名前を発した立木さんの顔は、みるみる赤くなる。


「あ、俺の名前知ってんだ?」


 内心では嬉しい気持ちを抑えて平静を装うと、立木さんは首をぶんぶんと縦に振り下を向いた。


「い、いつも見に来てるので…」

「そっか、サンキュー。誰かお目当ての奴でもいんの?」


 ーー何を言ってんだこの口は。


 勝手にポンポン言葉が飛び出す。普通じゃ考えられないこの状況にますます動揺し、それを必死に隠していると、立木さんは「あ、えと、その」と俺以上に慌てていた。


 なんか、いちいち可愛いな。


 困らせたことを申し訳なく感じたから「気にすんな」と言おうとしたら、立木さんは急に俺の顔を見据えた。


「……好きなんです、高校野球が」



 言い切ったその表情はとても清々しく、先程までの慌てた様子など微塵もなかった。自覚があるのかは分からないが、柔らかく微笑んでいる彼女はすごく綺麗で、思わず見惚れた。


 ……一瞬、自分に言われたのかと思った。


 あまりにも都合が良すぎる考えに苦笑し、早くなった鼓動を「はっはっは!」と笑って誤魔化す。


「そっか!野球が好きなんだな!そいつは嬉しいな〜、誰か好きな奴でもいんのかと思った」


 勢いで思わず本音を漏らすと、立木さんは俺を振り仰いだ。


「御幸先輩ももちろん好ーーあっ!!」



 立木さんは慌てて手の平で口を覆い俯いたが、俺にはバッチリ聞こえていた。
 手で隠しきれていない部分の顔は真っ赤だった。


「……あ、今のは、その……」


 二の句が継げずに彼女が下を向いたのが俺には幸いした。俺の顔も緩み過ぎてヒドイことになってるに違いない。

 俺も口元を手で覆って、立木さんに「大丈夫だから」と促す。



「立木さん、俺の事も見ててくれてたんだ?」

「――あ、はい……。――あれ?何で私の名前――」

「……あ」


 やっと顔を上げた彼女の顔は、やっぱり可愛くて。




「御幸――!!哲呼んで来いっつったろーがあ!!」


 何故俺が彼女の名前を知っているのか伝える前に、純さんが俺達を現実に引き戻した。


「すんません!」


 俺は純さんに叫ぶと、「じゃ、また今度」と立木さんの肩を叩いて寮に走った。




 これからいつでも弁解できる。
 彼女はいつも、グラウンドの傍にいてくれるから。











(100000HIT記念リクエストより:大人しい美少女青道生と御幸のひっそりこっそり両片思い)

2015.9.7




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