壁ドン談義 (稲実)


※名前変換なし
 雅さん世代引退後




「ねえ樹!そこの壁に背中つけて!!」


 樹、と呼ばれた多田野は「え!?」と声のした方を振り返った。稲城実業の野球部エース、成宮はいつも所構わず我儘を言っているが、今回は何の要求か。
 練習が終わり、夕食と入浴も済ませた後に一体、と多田野は頭を巡らせたがいまいち分からない。しかもここは寮の廊下だ。


「鳴さん!何するんですか?」

「いーから言う通りにして!ホラ!」


 成宮に強引に腕を引っ張られた多田野は、廊下の壁に背中を押しつけられた。成宮はそんな多田野の目前に立ち塞がると、勢いよく多田野の顔スレスレに手を突いた。


「どう!?」

「え?は!?何がですか!?」

「壁ドンだよ壁ドン!!俺にやられた気分はどーよ!?」

「――はあ!???」


 成宮にいきなり壁ドンをされた多田野は面食らった。第一に何故男である自分に壁ドンをするのか。稲実のキャッチャーでバッテリー、女房役とも呼ばれるが今回ばかりはピッチャーの意図が読めない。
 しかも返答次第では相棒の機嫌が非常に悪くなる。多田野は冷や汗を流した。


「め、鳴さん、男が男にやってどうするんですか」

「だって寮には男しかいないんだからしょーがないじゃん!で!?感想は!?」

「いや、特になんとも……」


 多田野は迫力に負けて正直に答えると、成宮はぶすっと頬を膨らませた。


「俺がやってんだよ!?高校球界屈指の左腕と言われてるこの俺が!」

「だから!男にやったってしょうがないでしょう!?女子にやって下さいよ!!」

「あーもう!じゃあ樹交代!!俺がされる側ね!」

「ええ!?」


 多田野に代わって壁に背中をつけた成宮は、腕組みをして催促する。
 こんな威圧感のある偉そうな先輩に好んで壁ドンをする後輩がどこにいるのか。


「はーやーく!」

「…はっ、はい」


 もうどうにでもなれ、と多田野はヤケクソで成宮に壁ドンをした。…しかし勢いよくではなく、ゆっくりと。


「……」

「…え〜?これで女子はときめくの〜??」

「だ、か、ら!鳴さんは女子じゃないでしょうが!」


 誰かこの状況から解放してくれ、と多田野は心の底から思っていると、風呂場の方向から声がした。


「鳴、何やってんだよ――もしかして壁ドン?」

「あーいいところに来たカルロー、樹の壁ドン全然ダメなんだよーイマイチ!」

「…気持ち悪いことを廊下でしないでくれる」


 入浴が済んで部屋に戻ろうとしていたカルロスと白河は、奇妙な光景に足を止めた。


「何でか分からないけど鳴さんにやらされたんです!」

「だってテレビでやってたからさー、実際どんなんかなって!」

「じゃあ俺がやってやるよ、鳴」

「「え」」


 思わず突っ込んだ多田野と白河を無視して、カルロスは壁際に立っている成宮に迫ると、褐色の手を突いた。


「どうだよ?」

「――うーん、カルロスだと迫力あっていいかも。樹と違って!」

「……服着てないから変態にしか見えないけど」

「……腰に巻いてるタオルが無かったら変質者ですよね…」


 まずそこを突っ込んだら、と白河は呟き顔を歪ませた。風呂上がりのカルロスは服を着ておらず、タオルを腰に巻いただけの湯上り直後の出で立ちだった。カルロスは裸になる癖があり、入浴後は熱いからと全裸率が高かった。


「寮っていっても部屋出る時は服着て下さい…!」

「まーまー、お前らしかいないしいーじゃねーの」

「…やっぱ人を選ぶのかなー壁ドンって。カルロスがやると絵になるっていうか」

「…ほぼ裸だけど?」


 白河のツッコミには誰も答えない。


「鳴はお子ちゃまだからなー…男の色気が足りねーんじゃねえか?」


 なにさ!とカルロスの言葉を聞いた成宮は明らかにムキになる。


「じゃあ、やり方教えてやるよ鳴」

「え?」

「ポイントは距離感の縮め方だな。壁ドンの時に普段じゃあり得ないくらい相手に近づく。壁を使ってるんだから逃げられなくなるくらい」

「ふんふん」

「――で、速くも遅くもない速度でぐっと――…」

「おおー、なるほど!」

「「……」」


 多田野と白河の顔は完全に引きつっている。何故男同士で壁ドンをやっているのか、多分使う機会など無いであろう成宮に教え込む必要はあるのか。口をはさむ気にもなれず、かといってその場を去る気も起きず、2人はただただ突っ立っていた。


 
「――何やってんの?廊下で」


 入浴を終えた稲実の現キャプテン、福ちゃんこと福井と、何人かの部員が揃って成宮達に近付いてきた。


「カルロから今流行りの壁ドンの伝授!」


 顔だけ福井の方を向けた成宮に、福井はあれ、と首をかしげた。


「――何?福ちゃん!」

「いや、もう壁ドンは古いって……クラスの女子が言ってたよ」


 え!?と福井の言葉に食いついた成宮は、カルロスの壁ドンからすぐに逃れ、福井に詰め寄る。


 ブームが下火になったみたいだよ、と聞いた成宮は「そーなの!?」と驚いた後皆に向かって手を挙げた。


「じゃあもう壁ドンはいいや!カルロありがと!じゃーおやすみー!」


 女子に対してもう使えないと分かった瞬間、成宮はあっさりとその場を離れた。巻き込まれた多田野とカルロス、見守っていた白河や部員に静寂が訪れる。


「「「「……」」」」



 動きすぎたのか、壁に手を突いていたままだったカルロスの腰に巻かれていたタオルがはらりと落ちた。


「「「「……」」」」



 幸い、この時は「服を着ろ」とカルロスを咎める者はいなかった。








2015.9.1





×
「#お仕置き」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -