「……どこから突っ込んでいいのか分からねえ……」


 両足に何冊ものアルバムが入った紙袋を勢いよく落とした涼さんは、ようやく痛みが引いたのか声色が元に戻った。

 俺は俺で「御幸、お前ヤったのか!?」「もしかしてこの前実家帰った時かよ!?」等と質問攻めにあっているが、苦笑いでやり過ごす。この場で肯定しても騒ぎが大きくなるだけだし、否定しても凛さんという重要参考人がいるから切り抜けられそうにない。


「だから、御幸は澪の彼氏。兄として挨拶でもしなさいよアンタ」


 凛さんのこの言葉で、青道の面々は立木と涼さんが兄妹だと分かり驚愕した。そして凛さんがここに来たこと、加えて涼さんに対する態度でこの2人の関係性に気付くと皆口を揃えて「マジか」と呟いた。


「……立木さんってプロ野球選手の妹かよ」

「……お姉さんすげえ美人だな」

「俺テレビで見たことある!空手で有名な人だぜ確か。『美女アスリート特集』ってので紹介されてた!」

「え──っ!姉が空手家で弟はプロ野球選手ってすげえな!!」


 俺と立木の事よりも、立木姉弟へと話題が変わったので俺は内心ホッとした。青道部員は目の前のアスリート姉弟にくぎ付けになっている。


 涼さんが雑誌スタッフと写真を選び始めたのを凛さんは黙って見ていた。さほど時間もかからず作業が終わると、取材陣は引き上げる旨を部長達に伝え挨拶をする。

 選手達はご厚意で少しの間残ってくれることになった。青道の部員達がずっとキラキラした目で見つめていたため、礼ちゃんが気を利かせて頼んでいた。



「……帰らねえのかよ、凛は」


 取材スタッフが帰って少し余裕ができた食堂内。用が済んだと思っていた凛さんは、その場に居座ったままだった。たまらず涼さんが尋ねる。


「んー、ちょっとアンタに言いたい事があってね。中々家で顔合わせないから」


 凛さんはそう言うと、いきなり涼さんの胸倉を掴んだ。


「──プロになったからって、体裁だけ装った女子アナや芸能人なんか家に連れてきたらぶっ飛ばすからね」


 凄みのある言葉にその場にいた全員が固まった。ただならぬ威圧感に気圧される。


「……涼の姉ちゃん怖え……」


 涼さんと同期のプロ選手が思わず呟くと、凛さんの携帯が鳴った。凛さんが携帯を耳に当て食堂から出ると、涼さんが深い息を吐いた。心なしか張りつめていた空気が穏やかになった気がする。


「……俺ずっと気になってたんですけど、涼さんはどうして空手の道に行かなかったんですか?」


 隣にいた涼さんが俺を振り返った。昔江戸川シニアの監督に涼さんの事を聞いてから、引っ掛かっていたこと。空手と野球がどうしても結びつかなかった。

 俺の疑問を聞いた涼さんは、自嘲気味にふっ、と笑った。


「──俺も小さい時は空手やってたんだよ。だけど空手の先生は親父で、凛ももちろん同じ時間に空手やってるからすぐ口出してくる。言っとくが、凛は父親似だ。常に父親と姉に怒られいびられながら練習すんだぞ!?耐えられるか!?」


 語尾が悲鳴にも似た涼さんの言葉に、青道の面々は思わず首を横に振る。


「……そんな時、河川敷のグラウンドで野球やってるのを見たんだよ。1人がエラーしてもさ、ドンマイって言って励まし合うだろ?プレーの合間に声掛け合って。もうそれ見た瞬間野球がやりたいって思ったんだ。チームプレーがしたいって」


 伏目がちに語る涼さんは、バツが悪そうに頭をかいた。


「空手が嫌いな訳じゃないんだ。ただ俺はチーム一体となって戦う野球にハマっちまったんだ。空手にも団体戦はあるけど結局は一対一の勝負だからっ──て野球も投手と打者とは一対一だけど、点を取るのは1人じゃ出来ない……色々いいとこ取りの野球だから選んだのかもな」


 そう言い切った涼さんはすごくいい顔をしていた。……さっきまで凛さんと顔を突き合わせていた時とはまるで違う。


 俺と涼さんがニッと笑みを見せた時、食堂の扉が大層な音を立てて開いた。
 凛さんが明らかに機嫌を悪くして入ってくる。


「……どうしたんだよ」

「──別に」


 これはかかってきた電話が原因だと、ここにいる全員が思った。不機嫌なオーラを漂わせている凛さんをどうしたものか、と考えあぐねているとコンコンと入口の扉が叩かれる音がした。


「……立木?」


 
 食堂の扉のガラス窓から見えたのは立木の姿だった。俺は入口に向かい扉を開けると「凛ちゃんお邪魔してる?」とすまなそうに言ってきた。


「澪!何でお前が来ないんだよ!」

「……これでも急いだんだけど」


 お邪魔します、と言い入ってきた立木は皆に頭を下げた。沢村が「澪さーん!」なんて言ってるけど、立木は直接凛さんと涼さんの元に向かう。


「お父さんから用事頼まれたから凛ちゃんに来てもらったの」

「逆でいいだろ!澪が先にこっち来てりゃ、この猛獣にこんな気遣わなくて済んだって」

「──誰が猛獣って?野球と性欲取ったら何も残らない男に言われたくないわよ」

「人聞き悪いこと言うんじゃねー!!!信じるだろうが純粋な高校生が!!」


 凛さんがやっと喋ったと思ったら、あからさまに機嫌の悪い発言に一同タジタジになる。涼さんなんてペースを乱されすぎて肩が上下している程だ。そんな中、動じていないのが立木だった。



「──凛ちゃん、修ちゃんと喧嘩してるからって涼くんにあたらないの」

「……修ちゃんって?」


 俺は立木に尋ねると「凛ちゃんの彼氏」と即答された。



「……またケンカしてんのかよ!?」

「私、悪くないもん」

「……修ちゃんから私の携帯に電話かかってきたんだからね。凛ちゃんが電話に出ないから連絡つかないって」

「……さっき出たわよ」

「……凛が悪くなかったことが今まであったか?」

「……修ちゃんの言い分を聞いてると、今回も凛ちゃんが悪いと思う」



 凛さんは立木に指摘されるとそっぽを向いた。その隙をつき、沢村がゆっくりと立木に歩み寄ると肩をつついた。



「……澪さん、とうとう御幸センパイと男女の一線を越えてしまったんですか……?」


 沢村が力なく立木に尋ねると、俺と顔を見合わせた立木はみるみる真っ赤になった。俺が「あ、可愛い」なんて思うのも束の間、立木はすぐに下を向いて顔を隠した。少しばかり身体が震えている。


「……誰が言ったのその話」


 声のトーンは変わっていないが、立木が怒りで震えていることに青道部員は全員気がついた──沢村を除いて。


「見目麗しい澪さんのお姉様です!!」


 馬鹿正直に答えた沢村の言葉を聞いて、立木は勢いよく凛さんに向き直った。


「凛ちゃん!何でこんなとこでそんな事言うの!?」

「いいじゃん、減るもんじゃなし。喜ばしいことだから言ったまでだけど」

「私は凛ちゃんじゃないんだからね!」


 ケロっとしている凛さんとは対称的に、立木は「もう恥ずかしくてここ来れない……」と俺らから顔をそむけたままだ。

 凛さんに言うだけ無駄だと悟ったのか、立木は鋭い眼光で凛さんを見据えると驚くほど落ち着いた声で言い放った。



「──10日後にある全国大会、結果悪くても修ちゃんのせいにだけはしないようにね。それと凛ちゃんの分の晩ご飯、私作んないから」


 立木の重い一言に凛さんは「え〜っ!?澪ヤダ!」と詰め寄るが立木は聞く耳持たず。涼さんは「俺今日実家帰る予定だったけど帰りたくねえ〜」と頭を抱えている。


「澪のご飯が食べたいのー!私が悪かったから〜」

「澪まで機嫌悪くなると俺に皺寄せが来るんだよー頼む澪!」



 立木に縋りつく空手家とプロ野球選手に、青道野球部と涼さんを除くプロ選手は一様に同じ事を思った。




 (((……誰が一番上か分からねえ……)))




 立木は凛さんの頭を下げさせ、涼さんの背中を叩くと俺達に「お騒がせしてすみませんでした」と頭を下げ、食堂を出て行った。



 あっけに取られた俺達に、しばらくの間静寂が包んだ。










2015.7.23



 

 


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