「え!?プロの選手が青道に!?」


 練習前のミーティングで、監督から出た言葉に部員がざわめいた。なんと今日の練習後に野球雑誌の取材で、プロに入ったばかりの注目ルーキーが青道を訪れるという。テーマが「高校野球」ということで、高校のグラウンドを借りての取材らしい。出版社からの依頼があって学校側が快く引き受けたという。学校の宣伝にもなるんだろう。


「撮影もあるとのことだから、練習後のグラウンド整備は念入りにしておいてくれ。今日は少し早く練習を終える予定だ」


 監督の重みのある言葉に部員が一斉に返事をする。その声と共に練習がスタートだ。グラウンドに移動する間も皆「プロ野球選手に会える」という話題で持ちきりだ。


「誰が来んだろーな……監督も名前は言ってなかったしな」

「まー練習が終わったら分かるんだし」

「サインもらおうかな」


 俺の両隣を歩いていた倉持やノリも少しばかり浮き足だっている。「御幸そっけねーな」という言葉は気にせず、グラウンドに着くと俺は練習開始の掛け声を発した。














「「「ありがとうございましたあ!!!」」」


 部員全員の挨拶と共に練習は終了した。いつもは疲れてのろのろと寮に帰る者が多いのに、今日はやや活気がある。練習終盤あたりからグラウンド近くに止まった取材陣の車や、撮影機材を運ぶスタッフの姿がちらほら見えたからだろう。


 グラウンド整備を終えると、監督から集合の合図がかかった。


 部員が再び整列すると、監督の傍に3人の男が並んだ。「背高え」「ガタイいいなー」「かっけえ」等と部員から感嘆の声が上がる。聞くまでもない、漂う風格にオーラ。高校生の俺らとは段違いの雰囲気をまとってプロの野球選手が俺達の前に立っていた。


「こんな機会もそう無いので──皆挨拶!」


 監督の一声で部員は「こんちわ──っす!!」と頭を下げた。その直後目の前の男達が俺達に向けて礼をする。


「部員に向けて一言頂ければ嬉しいんですが」


 監督がそう言うと、プロの選手達が次々に俺達へ向けて激励の言葉を述べてくれた。やっぱりプロに入れるまでの選手だからなのか、どの選手もコメントが上手い。

 最後、3人目の選手に皆の視線が集まる。


「はじめまして、立木涼です。投手です。僕も東京出身なので、都の予選を勝ち抜くことがどれだけ大変か身をもって分かってます。周りは強豪ばかりですが諦めず頑張って下さい」


 周りが「はい!」と返事をする中、俺は固まった。


「──ありがとうございます。部員は一旦寮で待機しておいてくれ」


 監督の言葉で皆寮に向かい始めたが、俺の足は止まったままだった。


「涼、さん」


 俺の呟きが届いたのか、「立木涼」と言った男は俺に注目する。


「ん?」

「──あ、すいません。キャプテンの御幸一也です。えーっと、江戸川シニア出身で──」


 そこまで言うと、涼さんは「あ!」と拳で自分の掌を叩いた。


「監督から聞いてたよ、御幸くんだろ!?江戸川の後輩!」


 ニッと笑って手を差し出してきたその人は、まぎれもなく立木のお兄さんだった。










 プロ選手達の取材と撮影が終わった後、取材陣と涼さん達選手は寮まで挨拶に来てくれた。雑誌に載せる写真選びや細かい打ち合わせがまだあるようで、食堂に入ってきたプロ達に青道野球部員は興奮しきりだ。広さの関係で食堂に入れない部員もいるくらいだ。



「立木選手、高校の時の写真って持って来てくれました?」

「あ、全部実家に置いてあったので、家族がもうすぐここに持ってきてくれることになってます。一緒に選んで頂けますか」



 「多分妹が持ってきてくれると思います」と付け加えられた涼さんと雑誌スタッフの会話はすぐ傍で聞こえた。俺は思わず涼さんの方を見る。


 この感じだと俺と立木のことは知らないんだろうな……


 涼さんは大学を経てプロになった。大学では寮に入っててあまり家にいないと立木が言っていたから、俺との関係なんて話していないんだろう。


 俺は黙ったまま周りの騒ぎを一歩引いて見ていると、食堂の扉が開いた。




「──げっ!!」


 涼さんの大きい声に皆何事か、と扉の方に目をやると、俺と涼さんには馴染みの人が立っていた。

 涼さんの顔は完全に引きつっている。


「なんで凛が来るんだよ!!」

「──私じゃ何か不都合でもあるわけ?」


 つかつかと涼さんの前まで来た凛さんは、持っていた紙袋数個をまとめて涼さんに渡した。


「重っ……」

「はい、写真」


 にっこりと笑みを浮かべた凛さんに、涼さんの顔は更に歪んだ。周りはいきなり現われた美人に目を奪われている。


 そんな涼さんを無視し、凛さんは俺に視線を合わせるとにこやかに手を振った。


「やっほー御幸、澪を女にしてくれてありがとー」



 食堂内に響き渡る声で言ったものだから、飲み物を飲んでいた奴ら(ほぼ部員)は盛大に吹き出し、涼さんは持っていた紙袋を足元に落として「痛ってえー!!」と叫んだ。













2015.7.10




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