人生の重要な局面は予期せぬ時にひょっこり訪れる。
 それは本当に突然だ。



「……御幸、今日うちに泊まらない?」


「は、はあ!??」
「え?」



 凛ちゃんの思いもしない発言に私と御幸は同時に声を上げた。明らかに私の声の方が数段大きかったけれど。

 どうしてこんな事態になっているのか。




 事の始まりは今日の学校終わりだ。御幸がテスト期間中のオフを利用して珍しく実家に帰るらしく、その前に私の家に寄ってくれた。御幸と玄関で喋って「ちょっと上がって」と言おうと思っていた時、唯一家にいた姉の凛ちゃんがリビングから出てきたので御幸の状況を説明すると、開口一番に放ったのがさっきの爆弾発言だ。



「な、何言ってんの?凛ちゃん」

「御幸が良ければ、なんだけど。私、空手の国際試合があって今日から日本を発つのよ。お父さんも私と一緒に行くし、お母さんは仕事でいないし、涼も帰ってこれないみたいでさ。澪を家に何日も1人でいさせるのも心配だから──。御幸がうちに泊まってくれればこっちも安心なのよ、男だし、防犯上ね」


 とんでもない事を言い出した姉に、私は慌ててくってかかる。


「今まで1人で留守番なんていくらでもあるじゃん!」

「それはやむを得ず、でしょ。本当は1人っきりで留守番なんてさせたくないんだから」

「御幸は今日は実家に帰るの!おじさんとの団欒があるの!テスト勉強もあるの!──それにお父さんが許す訳ないし!」

「お父さんには黙っとくに決まってるじゃない。私がバレないように上手くやるから……それにテスト勉強なんて2人でも出来るでしょ。御幸と一緒にいれる、勉強もできる、一石二鳥」


 ピースサインをしてみせた凛ちゃんに私はがっくりと項垂れた。「そういう事じゃなくて!」と叫んでみたけれど凛ちゃんは全く応えていない。


「御幸、どう?やっぱり無理?」


 あくまで自分のペースで話を進める凛ちゃんを止める術を持っていない私は、すがるように御幸の方を見た。


「いいですよ、俺は」


 予想していなかった返答に、私が一番驚く。


「え!?ちょっと御幸!」

「いい!?ありがとー!お家の方には私からご連絡しようか?」

「いえ、俺も一旦家に帰ってからこっちに戻って来るんで大丈夫です」

「もし何か不都合あったら私が直接話するからね!」


 凛ちゃんと御幸でさっさと話をつけた後、御幸は「じゃーまた後で来るから」と言って出て行った。呆然としていた私は我に返って凛ちゃんに詰め寄る。


「凛ちゃん!!何勝手に決めてんの!?」

「だーって御幸ってずっと寮生活でしょ?溜まってるわよー、可哀想じゃない」


 その言葉の意味を瞬時に理解できなかったが、凛ちゃんがニヤニヤしているのでやっと真意が分かった。
 身体がかあっと熱くなるのが分かる。


「──ちょっ……凛ちゃん初めからそのつもりで!?」

「澪を1人にさせておきたくない、ってのが1番よ。で、あわよくば、ってのもね」

「何で凛ちゃんに勝手に決められないといけないのよ!」


 私の声のボリュームが大きくなってきた時、凛ちゃんが真顔になった。
 私は凛ちゃんの急な変化に言葉を噤む。


「澪は御幸が好きでしょ?もう、そういう時期だと思うけど」

「……でも、急過ぎるよ」

「…そんなものよ、男女の仲なんて」


 どうしていいか分からなくなって下を向くと、凛ちゃんが私の頭をポン、と優しく叩いた。


「まあ、夜のことは澪と御幸で決めな。でも、澪。──男子高校生の性欲、なめてんじゃないわよ」

「なっ……なめてないし!」


 鋭い眼光でとんでもない事を言い放った凛ちゃんは、「じゃあ用意するから」と2階へ上がって行った。
 それを見届けると、どっと疲れが押し寄せて、私は廊下の壁に額をつけて息を吐いた。








 御幸が再び家を訪れたのは、それから1時間くらい経ってからだった。
 キャリーバッグを転がしながら玄関にやって来た凛ちゃんは、御幸に礼を言う。


「じゃあ、私行くね。お父さんは荷物持って先に出てるから。──御幸」


 御幸を呼んだ凛ちゃんは、握りこぶしを御幸の前に差し出す。
 何のことやら分からない御幸に、凛ちゃんは「手出して」と促す。


「──避妊、しなさいよ」


 凛ちゃんが握りこぶしを開くと、手の平サイズの包みが御幸の手に収まった。それが避妊具なのは言うまでもない。


「「……」」


 じゃーねー、と手を振りながら家を出る凛ちゃんに、私は「が、頑張って」と言うのが精一杯だった。




 凛ちゃんが家からいなくなると、嵐が過ぎ去った後のようにしん、と静まりかえる。
 先程の凛ちゃんの置き土産を横目に、私は御幸に頭を下げた。


「……ごめん、御幸。凛ちゃんが余計なことばっかりして……」


 もう顔が上げられない。凛ちゃんの意図は確実に御幸に伝わってるだろう。凛ちゃんは出て行ったからいいけれど、残された私達の気まずさっていったらない。


「……俺もこんなチャンス、もう2度とないって思ったから」


 私は御幸のあっけらかんとした声に顔を上げた。御幸はニッ、と笑った。私の好きな表情で。


「今回は凛さんの好意に甘えよーぜ」


 肝が据わっているのかどうなのか。御幸の飄々とした態度に、私は思わず笑った。







 御幸と2人でリビングで勉強した後、早めの夕食にした。ご飯を食べながら御幸に「おじさんは大丈夫だった?」と聞いたら「帰るのは言ってたけど泊まるとは言ってなかったから」とあっさりした返事が返ってきて胸を撫で下ろした。


 夕食が終わると、お風呂の準備をして、先に御幸に入ってもらった。
 これは現実なのか。ふわふわしていて感情が追い付かない。御幸が夜に自分の家にいる、っていうだけでも変な感じなのに、浴室から聞こえる水音が妙にリアルに耳に響いた。












2015.5.28



 


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