不確かなもの


「立木さんって、御幸くんと倉持くんどっちが好きなの?」


 女子数人しか残っていない夕暮れが差し込む教室で、私はその全員に囲まれ、そう聞かれた。
 こういった場面は初めてじゃない。目の前の女子達は高圧的ではなく、私に被害を加えようといった殺伐としたものは感じられなかった。だが理性を装い、本当の感情を抑え込みながら尋ねてきたように思えた。
 私は以前別の女子に聞かれた時と同じように「えーと」と言葉を濁した。

 前に素直にこう口に出したら顰蹙をかって失敗した。


「どっちも好きだけど」



 私のこの感情は、世間一般の女の子には理解されないらしい。





**********






「俺はプロ野球選手になったら美人の女子アナと結婚する!」



 私の中の、一番古くて印象深い御幸の記憶。あれは小学校低学年の時だったか。私と御幸は小中高と学校が同じの、いわゆる幼馴染だ。
 高校は、御幸が一足先に青道の推薦が決まっていて、私も自然と同じ高校を選んだ。「同じ高校選ぶってことは、やっぱ御幸くんのこと好きなんでしょー」と中学の友達に言われたが、そんな甘い甘い感情は無かった。特別行きたい高校も無かったし、御幸から「青道は良い学校だぜー」なんて言われたら即志望校の仲間入りをした。


 そして、今。

 青道高校の2−B在籍の私は御幸と同じクラスであり、御幸と仲の良いアイツとも同じクラスになった。



「おーっす、立木」

「あ、おはよ。倉持」


 毎日恒例の朝練を終えて教室に入ってきた倉持は、自分の席にバッグを置いた。倉持の席は私の斜め前で、近いからすぐに喋りかけてくる。


「今日も暑いね。朝練大変でしょ」

「まーな。甲子園予選も勝ち進んでるから気は抜けねーしよ」

「――頑張ってね。1番〜ショート〜倉持〜くん」


 球場のアナウンスの真似をして言ってみると、倉持は「下手くそ!」と笑った。ヤンキーっぽさが残る彼を怖がってる人もいるけれど、根はすごくいい奴。2年生になって気付けて良かったことの1つだ。それは友達である御幸が、倉持の話をしてくれたお陰なんだけど。


「……なあー、試合見に来ねーの?」


 うちのクラスの奴ら結構見に来てるぜ、と付け加えて返答を待つ倉持をしばらく見つめた後、私は頭をかいた。


「ごめんごめん。今度観に行くよ」

「そーいって先週も来なかったじゃねーか」

「――え?そうだっけ?」


 明らかにすっとぼけた私を、倉持は軽く小突いた。でも全然痛くない。次は絶対来いよ、と念を押した倉持は、しばらく沈黙した後小さく呟いた。


「御幸もいんだから応援する理由はあんだろうが」

「…?応援行かなかったのは用事があったり、寝過ごしたり、寝過ごしたりしただけだよ」

「…2回言わんでいい!」

「別に御幸いなくても、倉持の応援したいから今度こそ行くって」


 ほんとゴメンって!と私は顔の前で手を合わせると、倉持は「ぜってー来いよ!!」と満面の笑顔を見せた。


「うん…あ、御幸おはよー」


 倉持の背中の奥に姿を見せた御幸に挨拶をする。御幸は「おー」と言った後自分の机に向かった。御幸の席は窓側の一番端の列で、私と倉持の足は自然と御幸の元に向かった。


「御幸、今日の数学の課題やった?」

「ん、ああ――って立木やってねーの?」

「はは、やったけど解けなかったから。ノート見せてー」

「じゃあついでに俺にも頼むわ!」

「…倉持もかよ。しょーがねーなー」


 朝一で時々みられる、御幸への「課題見せて」コール。御幸は特別頭が良い訳ではないけれど、全教科そつなくこなすので、結果私や倉持よりも勉強は出来る。

 倉持とジャンケンをして勝った私は先に御幸のノートを受け取った。


「ありがとう!すぐ写すね」

「…ちゃんと理解しろよー、分からなかったら俺に聞け」


 うん、と御幸に頷くと、私は自分の机に戻った。倉持はそのまま御幸の席の前に居座り、なにやら御幸と喋っている。ノートを移している途中で倉持のギャーギャー言う声が聞こえたから、またいつもの御幸のからかいが始まったのだろう。

 私は小さく笑った後、見慣れた読みやすい御幸の文字をせっせと追って自分のノートに書き写した。









**********





「…えーと、友達として、2人とも好きだよ」



 語弊が無いように、言葉を付け足して口に出すと、周りの女子は皆怪訝な顔をして沈黙した。

 その中の1人が、俯いて机に肘をついた。


「…本当は認めたくないんだけどさあ。――御幸くんと倉持くん、多分立木さんの事が好きだと思う」


 ずっと、見てたから。と力なく呟いたその言葉を聞いた他の子達も、下を向いてしまった。私1人がすごく悪い事をしてる気分になる。

 ……分かってる。皆、御幸か倉持が好きなんだよね。

 ――でも。



「…私には、御幸と倉持の気持ちは分からない。ただ私の気持ちは、今言った通りだよ」


 感情の糸が切れたのか、私を追及した子が勢いよく顔を上げた。


「本当にどっちにも恋愛感情ないの?…おかしくない?」




 おかしい、この言葉が引っ掛かってしまった。そんなに信用ならないんだろうか。私は正直に思いを伝えてるのに、彼女達には一向に響いていないらしい。

 どっちの方が好きが大きい、なんて考えたことが無い。そこまで明らかにしないといけないことなのか。


「…私のことなんか無視して、告白すればいいんじゃないの…?」


 思わず思ったことを呟いてしまったら、「おかしい」と言ってきた子に勢いよく睨まれた。


「――告白する前に、立木さんに確認した方がいいんじゃないかと思って聞いたの」


 もういいよ、と捨て台詞を吐くと、私を囲んでいた女子達は一斉に教室を出て行った。姿が見えなくなったのを確認すると、私ははーっ、と息を吐いた。


 別に、あの子達と御幸や倉持の間に、私は一切関係ないじゃないか。

 なのに…。


 机に突っ伏して、しばらく考えていた。私の気持ち、彼女達の気持ち。



 ――ああ、そうか。


 あの子達にとって不確かなものを、確信に変えたかったんだろう。



 曖昧に見えるかもしれない私と御幸、倉持の関係は、不確かなものかもしれないが私にとっては確かなもの。

 誰が、何と言おうと真実だ。

 もしこの関係が崩れる時は、私か、御幸か、倉持が行動を起こした時。


 いつその時が来るかなんて、誰にも分からない。








 帰宅の途につく私の足は野球部のグラウンドへと向かっていた。今無性に御幸と倉持の顔が見たかった。

 グラウンドに着くとちょうど野球部は休憩中で、タイミング良く私は御幸と目が合った。
 御幸に手を振ると、御幸は隣にいた倉持に目くばせをする。倉持も私に気付くと、2人は笑顔で私に手を振り返してくれた。




 2人に恋愛のドロドロした感情なんて似合わない。

 土で汚れたユニフォームを着て、キラキラと笑っている彼らに精一杯、ぶんぶんと手を振る。



 私と彼らの関係は、この情景だけで全部伝わるものだと思うから。










2015.5.15




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