純情可憐少年少女
「……何してんの伊佐敷、帰んないの」
俺は廊下の壁に背中を預けてコイツを待っていた。いや、本当は待ってないフリをしていた。トイレに行ったり、すれ違う野球部の奴と話したりして偶然を装う。
「あ?帰るに決まってんだろ……って、それ持ってやるよ」
目の前の立木が持っている教室のごみ箱には、ゴミが溢れ出るくらいわんさかと溜まっていた。掃除後に出たゴミらしく、日直の立木が捨てにいかないといけなくなった。帰りのホームルームで担任が言ってたから立木のこの状況は分かっている。
「…え、いいよ。見た目よりも重くないし」
「いいから貸せよ、同じクラスのよしみで助けてやろうっていってんのが分かんねーのか」
「いいって、引退しても練習あるんでしょ。行きなよ」
「――っ、ここはありがたく甘えるのが女ってもんだろーが!!」
なかなか折れない立木にしびれを切らした俺の口調はだんだんと強くなる。「え、じゃあお言葉に甘えて〜」なんか言って大人しく男の好意に甘えるのが高校生女子じゃねーのかよ!
少しイライラし始めた俺の傍を同じクラスの女子達がが通り過ぎる。
「あー、伊佐敷バイバーイ」
「相変わらず吠えてるねー」
「スピッツまた明日ー」
「だぁれがスピッツだコラアアアア!!!」
聞き捨てならない言葉に反応してしまった隙に、立木は「じゃ」と手を挙げてそそくさと去っていった。
……くっそ、何でこーなるんだよ!
俺は立木の後姿を見て、溜息をついた。
立木とは3年間クラスが同じの腐れ縁の仲だ。最初こそ仲良くは無かったが、3年も同じ教室で生活しているとだんだんと話すようになり、今では顔を合わせればどちらともなく会話が始まる。
気も使わず接することが出来て、とっつき難さも無い立木を好きになるのは俺にとって当然の流れだった。
俺は少なからず立木を意識してるっていうのに、アイツはずーっと変わらない。1年の時から俺に対する態度は何も変わっちゃいない。それがかなり悔しい。
俺は、立木のことが好きだっていうのによ…
もう卒業まで半年あるかないか。だから俺は行動に移すことに決めたんだよ!
…が。
「――だから最近変な事ばっかりしてたんだ」
「変じゃねーだろ!女にとっちゃ変じゃねーはずだ!」
「…それ何情報?――もしかして愛読してる少女漫画から、って言わないよね?」
「ぐっ……」
ある日の昼休み、亮介に突っ込まれた。しかも図星だったから何も言い返せない。俺の立木に対する感情なんて亮介から見てバレバレらしい。
「――女はあーいうシチュエーションに弱えって姉貴も言ってたんだよ!」
「…ホントに少女漫画に出てくる男の行動実践してたの?キモイんだけど」
「うっ…うるせーよ!!もうほっとけ!!」
俺は『ごみ箱持ってやろう』作戦が玉砕した後も、愛読の少女漫画に出てくる「ヒロインがドキッとする男の行動」を片っ端から立木にやってみた。
が、全く効果が無い。
クラス分のノートを代わりに運んだり、困った時に手を貸してあげる、所謂「さりげない優しさ」!!こーいうのが女は弱えんじゃねえのか!!?
俺の読んでる漫画では、「あ、○○くんは私が困ってるといつの間にか助けてくれる…どうして?」からの、お互いが意識し合い、ある時ヒロインが「私○○くんの事が好きなの!」と思いがけず告白してしまう…女心をくすぐる展開のはずが。
なんで、立木には効かねえ。
俺が緊張しながらとった数々の行動も、立木は真顔でやり過ごすばかりだ。表情の変化のかけらもねえ。
俺は頭を抱えた。女にアプローチなんて今までやった事無かったから、実際どーやってすればいいか分かんねえんだよ。
だから少女漫画を頼ったのに。
「…立木ってその少女漫画のヒロインのタイプなの?」
「――あ??」
亮介が急に放った一言に、俺の思考は停止した。
「立木はどっちかって言ったらサバサバしてる方じゃん。そもそもそんな作戦に引っかかると思えないんだけど」
「……」
「え、私のこと呼んだ?」
「「!?」」
教室で喋っているのがマズかったのか、声がした方を振り返るとそこには立木がいた。
「私の名前出てたと思ったんだけど…違ったならゴメン」
俺の身体に冷や汗が流れる。立木に素直に話せる内容じゃねえ。
「いーや、違わないよ。詳しいことは純から聞いて」
「!!おい亮介!!」
「俺今から春市に用があるから」
そう言って席を立った亮介はすぐに教室を出て行った。
お前弟の教室なんて行ったことねえだろがああああ!
心の中で目一杯叫ぶがこの状況は何も変わらない。亮介がさっきまで座っていた席に立木が腰を下ろした。
「何か私に用だった?」
何も分かっていない立木が俺に尋ねる。その無邪気な表情に一瞬目を奪われたがすぐに反らした。
「いや…亮介はああ言ったけど、何も用はねーよ」
「え、そうなの?じゃあ何で私の名前が出てたの」
「そっちの方が気になるなー」と呟く立木に、俺は固まった。益々状況を悪化させたんじゃねーのか。
俺に今ここで言え、っていうのかよ!!!
困り果てて黙っている俺を、立木は覗き込んだ。
「――ていうかさ、最近伊佐敷変じゃない?受験勉強し過ぎて頭おかしくなっちゃったんじゃないの」
「バッ…バカヤロー!!おかしくねえよ!」
「あー、それそれ。そのノリが最近無いからさー。どうしたのかなと思っちゃって」
俺はあっけらかんと笑う立木を呆然と見つめた。そんなに変だったのか俺は。
まだ黙ったままの俺に、俺が借りる約束をしていた少女漫画雑誌を持ってクラスの女子が話しかけてきた。
「今月号面白かったよー」と言って俺の机に雑誌を置いていく。俺は「ありがとなー」と言うと耐えきれずにパラパラと雑誌をめくった。
「…そんなに面白い?ソレ」
「おー、今一番楽しみにしてる連載が……ってわりい、話の途中だったのに」
立木が雑誌を覗き込みながら話しかけてきたので途端に我に返った。俺が雑誌を閉じようとすると立木が「貸して」と言って雑誌を取り上げる。
俺が開いていたページの先をめくりながら立木はふっ、と笑った。
「――伊佐敷ってホント乙女だよねー」
笑いながら言った言葉の内容に、俺は思わず「は?」と聞き返す。
「何で女なんだよ。男の方じゃねーのかよ」
「うーん…中身がさ、乙女だよ」
「あ??」
「だってこういうの好きな時点でさ。純粋だし、私より乙女」
思わぬ発言に言葉が出ない。どういう意味なんだこれは。
「それに伊佐敷は少女漫画に出てくる男でもヒロインとくっつくタイプじゃないよね。どっちかっていったら2番手タイプ。ヒロインカップルを温かく見守る――みたいな」
「喧嘩売ってんのかコラア!」
「だーかーらー、女が必ずしもヒロインとくっつく男を好む訳じゃないってこと!私は脇役の男の方が好きな場合が多いもん」
「ほら、この男よりもこっち」と雑誌のページを指差しながら立木が放った言葉に、俺はますます固まった。
「な、なんだよ。何が言いてえのか分かんねえ」
動揺しながら呟くと、立木は顔を上げて俺の顔を覗き込む。
「…分かんないの?こーいう展開、少女漫画に無かった?」
「なっ…無えよ!!」
「じゃあもっと少女漫画読んで勉強しなー、愛するスピッツくん」
立木の言葉に俺の顔はみるみる赤くなる。そんな俺を見て笑った立木は雑誌を閉じると「トイレ行ってくるー」と席を立って教室から出ていった。
「な、な、待てコノヤロー!!!」
俺は思いっきり叫んだ。そうでもしないとこの感情の行き場が無い。恥ずかしいわ、訳が分からねえわで頭の中が大混乱だ。
「まーた伊佐敷吠えてるー」
「伊佐敷顔真っ赤じゃん」
「う、うるせーんだよ!!!」
教室に取り残された俺に、クラスの女子が口々に言葉を放つ。
ったく、ホントにどっちが乙女か分かりゃしね―じゃねーか!!
(100000HIT記念リクエストより:伊佐敷愛読の少女漫画の主人公が男の子に胸キュンしている場面の数々を、伊佐敷が想いを寄せている女の子に実践する)
2015.5.11