have a fever
「かああずやあああああ!!」
6月の日曜、毎年恒例の夏合宿最終日。昨年も行われた稲城実業、修北との総当たり練習試合が今年も行われる。
けたたましい甲高い声が遠くから聞こえたと思ったら、物凄い形相でこちらに走ってくる奴が目に入った。
試合前で青道レギュラーメンバーは固まって陣取っていた。「あー!稲実の白アタマぁ!!」と沢村の煩い声が響く。俺の目の前に急ストップで立ち止まったその男は、稲実エースの成宮鳴だった。
とりあえず挨拶でも、と片手を上げる。
「よー」
「よー、じゃねーよ!!一也……お前いつからだよ!!」
「は?」
「澪だよ澪!お前ら付き合ってるって…ムゴッ」
何故かは分からないが、立木の名前が鳴の口から飛び出したので慌てて手で塞いだ。
「鳴、ちょっとこっち来い」
俺と立木の仲が初耳だったレギュラー陣は一斉に俺を見る。やべ、と思ったが、これ以上の追及は避けようと鳴を人気が無いところへ引っ張った。倉持がニヤニヤしながらついてきそうだったのを目で制して。
グラウンドから少し離れたところまでくると、俺は鳴の腕を離して向き直った。
「──鳴と立木って知り合いなのか?」
一番疑問に思っていたことを尋ねると、鳴はぶすくされて俺を見やる。
「──姉ちゃん同士が高校の時からの友達なの!だから澪は前から知ってんの!響子姉から昨日聞いて……びっくりしたのなんのって」
「……ふーん……」
納得した直後、鳴が俺にずい、と詰め寄る。
「で!?どーいったいきさつでそんなことになったのさ!?」
「え?……そんなの、まー……どうだっていいじゃねえか」
「いーやよくないね!澪も澪だよ!俺全然知らなかったし!……いーよ、一也が言わないならここに澪を呼び出す!」
「え」
俺がぽかん、と固まってる間に鳴はユニフォームのポケットから携帯を取り出し、操作した後耳にあてた。
少しの静寂の後、携帯が繋がったのか鳴が大声でまくし立てる。
「もしもし澪!?今からすぐ青道のグラウンドまで来て!!すぐだよすぐ!急いでよ!じゃ!」
鳴は言いたい事だけ言って通話終了ボタンを押した。立木と会話のやり取りなんて1つも無く。
「──おい、鳴」
「これで1試合目終わった頃には澪来てるでしょ。澪から根掘り葉掘り聞いてやる!」
少しスッキリしたのか、鳴は「じゃ、一也戻るよ!」と息巻いてグラウンドに引き返す。
大丈夫か、と少しばかりの不安を抱えながら、俺も鳴に続いた。
ダブルヘッダーの第1試合後の休憩時間、俺と鳴は自然と合流していた。
「澪まだかなー、遅くねえ?――あ!澪……」
鳴が手を振って声を上げた。ちょうどタイミング良く、グラウンドに近づいてくる立木が目に入ったが俺と鳴は固まった。
立木はキャップを目深にかぶり、口元には大きいマスク。少し蒸し暑い気候にも関わらず長袖を着て、手には腰の辺りまである棒を持ち、杖のように使ってこちらに向かって歩いてくる。
「「……」」
俺と鳴はそんな立木を見て走り寄った。明らかにいつもの立木じゃない。
「澪遅いよ!どーしたんだよその格好……」
鳴が立木に詰め寄ろうとすると、立木は手に持っていた棒をそのまま鳴に向ける。
「……この距離から近付かないで。うつる」
「へ?」
「風邪、引いてるの。……ちょっと、座ってもいい?」
俺達の返答の前に立木は近くの空いているベンチに腰を下ろした。声はかれており、明らかにしんどそうだ。棒はその辺で拾ったらしい。
「体調悪いなら言ってくれれば良かったのにさー」
鳴の場違いな発言の後、立木の周りの空気が凍りつくのが分かった。
「……あんたがこっちの話も聞かずに、電話、切るからでしょーが……!」
「じゃーメールで言っといてくれれば……」
「……試合でしょ、見る暇、無いと思ったし……それに何か切羽詰まって、たから。気になって」
息苦しいのか、立木は休み休み喋る。俺は心配になって立木の隣に座ろうとしたが、立木は俺にも棒を向ける。「近づいたら駄目」と充血した目が訴えていた。
「……心配、してくれたんだ、澪」
「……もう、いいから。……用件は何」
少し嬉しそうにしている鳴に立木は尋ねる。俺は瞬時にこの先の展開を想像して冷や汗を流した。
「あ、そーだよ!澪、いつから一也とデキてたんだよ!」
一番聞きたい事を思い出した鳴は大声で尋ねた。が、その直後立木の表情を見てうっ、とひるむ。
「……鳴、もしかして、それを聞くためだけに私を呼んだんじゃないでしょーね……」
もう誰が見ても立木が怒っているのが分かる。風邪のせいもあり、ますます機嫌の悪くなった立木を鳴は苦笑いでやり過ごす。
「あー、うん、そうなんだけど!ま、今度でいいや!」
「……」
「悪かったって!帰るのもキツイんだろ?響子姉呼んで澪を送るよう頼むからそれで許してよ!」
「……こんな事で響子ちゃんを使うな」
「いいからこれでチャラね!電話しとくから!じゃあ俺第2試合だから!」
遠くで稲実のメンバーに呼ばれた鳴は、強引に話を進めてとっととこの場を去った。鳴が走っていく姿を見て立木は溜息をつく。
俺は立木に近寄ると、立木から棒を取り上げた。力があまり入って無かったから簡単に手から離れた。
「あ、ちょっ──」
棒を邪魔にならないところに投げ捨てた俺は立木の隣に座った。そばに寄ると立木の具合の悪さが分かる。
「近づいたら駄目、移るから」
「大丈夫だって」
「あ、御幸も試合」
「次は稲実と修北だから気にすんな」
「……キャプテンが、こんなとこいたら、マズいでしょ」
「集合まであとちょっとあるから」
「……」
もう何を言っても無駄だと諦めたのか、立木は俺が隣にいても大人しくしていた。
俺は単純に立木が心配なだけだ。病人を放っておくなんて出来ない。青道の奴らも立木の事は知ってるし、立木の具合が悪いって分かれば誰でもこうするだろう。たとえ立木が彼女じゃなくても、俺が隣にいても不自然じゃない。
「青道の集合がかかった後、1人でも大丈夫か?」
立木は声は出さずに頷き、「ありがとう」と小さく呟いた。
「……せっかく来たから、ちょっと試合見たら、帰るよ」
「──無理すんなよ?」
「うん、……それとね、今日来たのは鳴に、なんかあったんじゃないか、って思っただけだからね」
ん?と話が見えない様子の俺に、立木は俯いて言葉を続ける。
「……御幸から呼ばれたら、別に何もなくても、すぐ来るから……」
どんどん立木の声が小さくなっていったが、俺は聞き逃さなかった。
──何それ、照れんだけど。
「……お、おう」
つーか、可愛い。と思ったけど口には出さなかった。立木のことだから絶対に反論してくる。しかも今具合が悪いから反応が読めない。
しばらく沈黙が続いていると、俺を呼ぶ声が聞こえた。タイムリミットだ。
俺は立ち上がって立木を見下ろす。
「心配だから誰か立木についててもらえるか頼んでくるわ」
立木は顔の前で手を振り「いーよ」と言っているけど俺はお構いなしに集合場所まで走った。
青道の奴らには散々冷やかされたけど「立木の体調が悪い」と伝えれば冷やかしムードも一転した。マネージャーの吉川が「付き添います!」と申し出てくれ俺らのことを追及する奴もいなかった。……ただ1人を除いては。
「──御幸、なーんか顔赤くねえか?」
案の定、倉持がこそっと俺に耳打ちしてきた。
「……そーか?今走ってきたしなー」
あのくらいで息が上がるタマかよ、と倉持が悪態をついているけどスルーした。
……立木の爆弾発言のせいだって言ったら突っ込まれるに決まってるからな。
2015.4.28