A Sunny Day


「ここにしよっか」


 休日の比較的大きな公園で、人も少なく日当たりの良い芝生を見つけると、私は持参した大きめの敷物を広げた。周りには日陰をつくってくれそうな大きめの木もあり、お弁当を食べてくつろぐには最高の場所だ。

 広げた敷物の上に荷物を置くと、靴を脱いで座り足を伸ばした。


「うー、気持ちいいー」


 ぽかぽかと春の陽気に包まれると、思わず身体の力が抜け顔も緩む。私の隣に腰を下ろすのは、先日選抜高等学校野球大会を終えたばかりの御幸だ。センバツ後の貴重なオフ日に、2人でのんびりご飯でも食べようとピクニックが決まった。

 御幸からオフ日の連絡が来たのはいいけれど、じゃあ何をしたいのか尋ねたら「私が作ったご飯が食べたい」としか言わない。御幸は野球以外に趣味は無いのかと心配になったが、こんな気候の良い時にアウトドアをしないのは勿体無い。少し悩んだ結果、センバツ後でゆっくりできるし、私がお弁当を作ればいいからということでピクニックとなったのだった。



 足を伸ばしている私の横に座った御幸は、すぐに私の太腿に頭を乗せて横になった。一瞬驚いたが、下から御幸が私の顔を見上げる。


「──ダメ?」


 自然と上目遣いになっている御幸に目を奪われ、私はう、とひるんだ。


「……いや、駄目、じゃないけど……」


 以前テレビだか雑誌で見た「男は女の上目遣いに弱い!」という記事を思い出した。


 ……男の上目遣いも、とんでもないですけど……


 これは御幸だからなのか。他の男の人とこういう体勢になったら同じ感情になるのかは分からないけれど、御幸の上目遣いにやられたのは間違いなかった。

 私は御幸から目をそらすために前を向いた。


「──それにしても何で膝枕、って言うんだろうね。頭を乗せてるの腿なのに」

「んー……分かんねぇ」

「……首痛くない?大丈夫?」

「大丈夫……」


 私の膝枕でえらくくつろいでいる御幸を見ると、軽くうとうとしかけている。
 そんな御幸を見て私はくすっ、と笑った。風で少しばかり揺れている御幸の髪をそっと触る。


「──御幸の髪って意外と柔らかいんだね。もっとゴワゴワしてるのかと思った」


 笑ったまま口に出すと、御幸は目を開けて、下ろしている私の髪に手を伸ばした。


「──立木の方が柔らかいけどな……髪も、──肌も」


 髪に触れた後、御幸の指は私の頬をかすめた。


 その直後、私は御幸の頭の下から勢いよく足を抜いて体勢を変えた。「痛ってえ!」と御幸が言ってるのが聞こえて我に返ると、慌てて弁解する。


「ご、ごめん。ちょっと動揺した」


 頭をさすりながら起き上がる御幸に、顔をそむけたまま「だって慣れてないから、こういうの」と言い捨てる。

 私絶対変な顔をしてる、今。

 この空気に耐えられず、私はもうお昼にしちゃおうとバックからお弁当を取り出した。


「──お昼食べる?沢山食べるかもっていっぱい作ってきたよ」


 御幸の方を向いて言った直後、背後からメキメキメキ、と音がした。


「わ、ちょ!押すんじゃねえ!!」

「ちょっとのしかかった位で倒れんじゃねえよ!」

「……あ」


 音のした方を振り返ると、腰の高さ程の茂みが倒れており、その空間に3人の男が将棋倒しになっていた。


「「「……」」」


 私と御幸は呆然とその光景を見つめた後、頭を抱えた御幸が口を開いた。


「……オイ、お前ら」

「沢村のお陰でバレちまったじゃねーかよ」

「元はと言えば倉持先輩が言い出したんだろーが!」

「あ゛?御幸の後つけよーぜって言ったらノリノリで来たのお前らだろ、なあ降谷」

「……」


 茂みから姿を現したのは、御幸のチームメイトの倉持くん、沢村くん、降谷くんだった。
 私達の元にスタスタと歩いてやって来た3人は、私に「こんちは」と挨拶をしてくれた。私も会釈をして返す。


「──御幸、後つけられてるの気付かなかったの?」


 疑問に思った事を御幸に尋ねると、当人はバツが悪そうな顔をして押し黙った。


「──こいつも相当うかれてた、ってことだよなあ御幸」


 ニヤニヤしながら倉持くんが御幸を問い詰めると、御幸は「うるせーよ」とだけ吐き捨てた。


「……野球部4人か。お弁当足りるかな」

「──こいつらにあげなくていいからな」


 不機嫌になった御幸が私に念を押すが、もう来ちゃったものはしょうがない。


「折角だし一緒に食べようよ、お腹一杯にはならないと思うけど」

「いいんすか!澪さんあざーっす!!」

「お言葉に甘えて遠慮なく頂きます」

「やりー、サンキュー」


 ここで大きめの敷物が役に立つとは。5人座れる十分な広さがあった。3人は次々と靴を脱いで敷物に腰を下ろす。
 私は用意してきた3段お重を並べて、余分に持ってきておいたレジャー用のお皿とお箸を手渡した。


「「「うまそー」」」


 倉持くん沢村くん降谷くんから感嘆の声が上がる。どうぞ、と言うと一斉に男共の箸が動き始めた。


「こんなに豪華な弁当を御幸だけが独り占めしてるのはずりーな」

「美味いっす!美味いっす澪さん!!」

「……美味しいです」


 三人三様の感想に私はぷっ、と笑った。


「私は味見の時食べたから皆でたいらげちゃって」


 面白いくらいにがっついている皆を見て笑っていると、私の口にサンドイッチが詰め込まれた。


「ぶっ、あに(何)?」


 詰め込んだのはいまだ不機嫌な御幸だった。


「立木も食べないと腹減るだろ、こいつらに全部やる必要ねーんだよ」


 食えよ、と表情が訴えている。私は大人しく口をもぐもぐ動かした。

 御幸は自分の分をちゃんと確保しながらも、私の分もお皿に取り分けてくれている。それを見ると胸の奥がむずむずして可笑しくなった。

 「丼3杯食べる」と聞いて作ってきたお重弁当も、4人の野球男子が食べればあっという間に無くなった。


「食べてくれてありがとー」


 私がお礼を言うと、皆も「ご馳走様でした」と頭を下げる。こういう律儀なところは野球部の教育のお陰なのか。


 その直後、お腹も少しは満たされたのか降谷くんが御幸に詰め寄った。


「じゃあ御幸先輩、やりましょう」

「は?」


 降谷くんは自分のバッグからグローブとボールを取り出した。その後出てきたのはキャッチャーミット。
 それを見た御幸は仰天した。


「勝手に俺のミット持ち出してんじゃねーよ!」


 降谷くんは御幸にずい、とミットを手渡す。口に出さなくても、顔が「キャッチボールがしたい」と訴えていた。


「てかオフの日くらい休めよ!」

「ちょっと投げたら帰ります」

「俺はキャッチボールしに来たんじゃねーの、連れもいるの」

「俺もグローブ持ってきたんすよ!御幸センパイ!」

「お前らいい加減にしろ……俺はやらねーぞ」


 平行線の一途を辿る言い合いに、私は軽く苦笑した。


「……ちょっと付き合ってあげたら。折角来たんだし、ここ広いし周りに人いないし」


 ほら澪さんもああ言ってますよ!と沢村くんが大声で言うと、御幸は私を見て溜息をついた。


「立木がそういうこと言うとこいつら聞かねーんだって」

「私も間近で見てみたかったからさ、青道バッテリー」


 スタンドは遠いよ、と呟くと、青道ピッチャー2人は目を輝かせる。


「……分かったよ、ホントにちょっとだけだからな。終わったら即!帰れよ」


 降谷くんから渡されたミットをつけると、自然と御幸の顔が引き締まる。一瞬で野球少年になったその姿に私は微笑んだ。




 ドパァン!!と派手な音がする。降谷くんのピッチングを目の前で見ると、凄い威力に球速だ。青道に行った時に見たブルペンでの投球は、ここまで距離が近くなかったから。


「おおー」


 私が思わず呟くと、沢村くんが「早く変われ降谷ー!」と叫んでいる。今始まったばかりなのに、ほんと沢村くんは面白い。
 降谷くんは投げている時が一番イキイキしてる。しばらくして交代した沢村くんも、いちいち「どうっすか!?澪さん!」なんて言ってくるから可笑しくてしょうがなかった。




「──もういいだろ、責任もって連れて帰れよ。倉持」


 しばらく続いたキャッチボールにピッチャー2人は満足したのか、御幸の発言を聞いた後でも大人しくなっていた。倉持くんもはいはい、といった様子で2人に行くぞ、と促す。


「邪魔して悪かったな。弁当美味かった、立木さん」


 倉持くんの言葉に私も楽しかったよ、と告げると、倉持くんはニッと笑った。
 じゃーな、と言った倉持くんの後に沢村くん降谷くんが続く。頭を下げた2人に私は手を振った。


 3人が帰るのを見届けた後、ふーと息を吐いた御幸に私は笑った。

「愛されてるねー、キャプテン」

「……球受けてほしかっただけだろ、あいつら」

「それでもオフの日にわざわざ来ないって。信頼されてるね」


 ニヤニヤしながら言う私に、御幸は怪訝な顔をした。


「──貴重なオフがあいつらのせいで台無しだぜ」

「私は見てるだけでも楽しかったよ?」


 にっこりと笑った私に、御幸は「ならいーけどよ」と笑った。






「──風強くなってきたね」


 2人になってからしばらくのんびりしていたが、風のせいか少し肌寒くなってきた。


「もう敷物たたもっか」


 そろそろ御幸が寮に戻る時間も考えないといけない、と公園を出る準備をしようと腰を上げる。

 敷物を畳もうとするけれど、手で持ってない方が風に煽られ1人では畳めそうにない。


「御幸、そっちの端持ってー」


 2人で畳んだ方がいいと、御幸に頼むけど姿が見えない。


「──?御幸?」


 呼びかけた瞬間、風が強くなり敷物が私に覆いかぶさってきた。わ、と思った時、私の隣に何故か御幸がいる。


「御幸、ここじゃなくて反対側行って──」


 言い終わる前に御幸の唇が私の唇に触れた。2人の姿をちょうど敷物が隠すように。

 私は突然の出来事に顔が真っ赤になる。

 キスをした後、御幸は飛んできた敷物の端を持ってくれた。


「ちょ、ここ外!!」

「ほとんどあいつらに邪魔されたからなー、このくらいは頂かねーと」

「だからここ外だから!それに角度によっちゃ丸見え!」

「周り人いねーから大丈夫だって」



 敷物を協力して畳みながらも言い合いになった。でも私が照れ隠しにあーだこーだ言ってるのは、御幸も分かっているみたいだ。









2015.3.31




×
「#オリジナル」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -