22
私の言葉に今度は御幸が目を丸くしている。
御幸から突然「話がある」と言われついてきたら、思いがけない御幸の言葉。てっきり抱きしめたことに対する弁解をするのかと思っていたから、頭が真っ白になった。全く予想していなかった。
御幸が野球だけに打ち込んでいるのはプレーを見るだけでもビシビシ伝わってくる。「もう他に何も立ち入るスペースは無いよ」ってプレーが私に訴えかけていたから、だから言わないでおこうと思っていたのに。
──御幸が、好きだって。
「……でも野球の邪魔になるよ、私なんて」
「……ならねーよ」
「なる……」
今泣きたくはなかったから、下を向いたまま口元を握りこぶしで覆った。
私は御幸の邪魔はしたくない。わずらわせたくない。彼が精一杯やっている野球を、私は好きだから。
「……そのうち言わなきゃ良かった、ってなるよ。野球もあるのに、めんどくせーって──」
泣くのを堪えながら言った直後、身体を温かいものが包んだ。御幸の腕だと分かるのに時間は掛からなかった。御幸のダウンジャケットは撥水性のもののようで表面がツルツルしているけれど、日光に当たっているせいかぽかぽかと温かい。
「──ならねえよ。今まで立木のこと邪魔だなんて思ったこと、一度もねえし」
あの時と──青道で抱きしめられた時と違い、今は優しい。私自身をまるごと、すっぽり包んでくれているかのような、そんな心地良さがある。
──この背中に、手を回しても、いいのかな。
もう自分を抑えることは出来そうになかった。御幸が正直に本音をぶつけてくれたから。野球のことを考えてもなお、私が欲しいって言ってくれた。
私も、それに応えたい。
私は御幸の背中に手を伸ばした。ぎゅ、と背中のジャケットを掴むと、御幸は少しだけ腕の力を強くした。
心にじわじわと温かさが広がって、御幸が好きだという気持ちだけで一杯になる。
心地良い。すごく、安心する。
しばらくそのまま動かないでいると、頭上から声が聞こえてきた。
「ま、その、あれだ。俺は野球もあるし寮入ってっから、つき合うっていっても頻繁に会ったりとかは、出来ないと思うけど──」
たどたどしい御幸の言葉に、くすっ、と笑ってしまった。
「──分かってるよ。彼氏彼女になったからって、恋愛一辺倒になる御幸の方が嫌だもん。そっちのが怒るよ」
正直な私の言葉に、今度は御幸が笑った。
「──うん、俺やっぱり、立木がいーわ」
抱きしめ合ってると、お互い直接顔を見なくても笑ってるのが分かった。
御幸の胸にこれでもかと顔を寄せると、御幸はぎゅっと強く抱きしめてくれた。
「じゃあ、友達じゃ出来ないことするか」
「え」
言われた言葉の意味を理解できずにいると、私から身体を離した御幸の顔が目の前にあった。気がついた時は既に遅し、御幸の唇が私の唇に触れた。
「……どう?」
「……意外と柔らかかった」
「え?俺の唇?」
「……うん。あと眼鏡かけててもキスって出来るもんなんだなー、って」
「はは!すんげー濃厚じゃない限り出来んだろ……一瞬すぎたから、もう1回してもいー?」
うん、って私が言う前に、また御幸の唇が私のと重なった。今度はさっきよりも長く。
唇を離した後、御幸が私の腕を軽く掴んだまま口を開いた。
「──これで、もう友達じゃねーから」
「……うん」
ニカッと笑った御幸に、私もつられて笑った。
公園を出て2人で歩いていると、カバンの中の携帯電話が震えた。
「メールだ……あ、凛ちゃんからだ」
私はすぐにメールを開くと、表示されている文章に思わず笑みがこぼれた。
「……凛ちゃんは私と御幸がこうなること分かってたのかな」
「え?」
私はメールを開いたまま御幸に携帯を見せた。
「後でお金出すから2人で美味しいもの食べてこい──って!ラッキー、食べに行こー御幸!」
「おー、いーんかな……何食う?」
「ラーメンは!?大晦日もやってて美味しいとこ知ってるよ、しかもご飯おかわりタダ!」
「いーねえ、店のラーメンとか久し振り──……じゃあ行くか!」
そのままラーメン屋の方向に歩き出す。
店に着く前に、どうしても御幸に言いたいことがあったから思い切って伝えてみた。
「……私達、友達じゃなかったらこうなってなかったのかな」
私の言葉に御幸は面食らった顔をしたものの、すぐにニッと笑った。
「分かんねーけど、俺らは俺らのペースでいいんじゃねえか?」
御幸の言葉に、私は涙が出そうだった。
「……、私も同じこと考えてた」
私達は私達のペースで、少しずつ──
こうやって一歩ずつ進んでいけると信じて。
お読み頂きありがとうございました!
後書き2015.3.13