21
俺と立木は中学が同じなだけあって家も近い方だ。立木の家から少し歩くとそんなに大きくない公園が見えてきたので、俺らはそこに足を踏み入れた。
「──ここでいいか?」
流石に普段よりは暖かい日中といっても、季節は冬だ。俺は立木に了解をとる。
「うん、御幸は外がいいんでしょ?私も店の中の生暖かい空気より、今日は外がいいな。冬の空気って結構好きなんだ、私。澄んでてさ」
そう言いながら立木はベンチに腰を下ろしたので、俺も続いた。
2人で並んで座る。立木が空を見上げて「ホント天気いいなー」と言ったその横顔に、俺は目を奪われた。
おろした髪から覗く輪郭や表情は、「女の子」から「女性」へと変わっている最中で、どちらにも偏っていない様に感じた。ちょうど中間地点のような。
中学の時も並んで歩いたりしたことはあったが、こんな風に立木を見たりはしなかった。
俺は立木に分からないように拳をぎゅっと握る。試合でも味わったことのない変な緊張感が押し寄せた。
「話って何?」
俺から切り出そうと思っていたのに、急に相手から話をふられると面食らう。俺の方を向いた立木に俺はう、と一瞬怯んだ。
「あ、えーと」
「うん。──あ、一旦家に帰ったんだよね?おじさん元気だった?」
「お、おう。まだ仕事してたけどな」
「……冬合宿終わりで身体キツイんじゃない?大丈夫?」
「……しばらく何もしたくねえ」
「はは。……ってごめん、御幸が話してたのに遮っちゃって」
「いや、いいよ。お陰で味噌買って帰らなきゃいけないの思い出した」
「──え?味噌?」
俺がんー、と返事をした後、お互いしばらく黙ったままだった。立木は俺からの話を待ってるようだが、なかなか最初の一言が出てこない。何て言えばいーんだ。
「……あのプレゼント、気に入っちゃって使ってるよ。周りの評判も良くてさ」
長い静寂に耐えかねたのか、立木が呟いた。ありがとうね、と言った後見せた笑顔に、俺は背中を押された気がした。
「……あん時、どう思った?俺が、その……抱きしめた時」
俺は立木の顔を見れずに前を向いたまま口に出した。自分でもヘタレだと思うけど。
「……」
返答がないので俺は立木をちらっと見やると、立木はじーっと俺を見ていた。
何とも複雑な表情で。
「……自分から呼び出しといて、私に言わせようとしてない?」
「え」
「話がある、って言ったのは御幸じゃん。そっちから言いたい事言ってよ」
何でかは分からないが、立木は微かに怒ってる、いや苛立っている。
しかし強い口調と表情が比例していない。
俺は身体の前で自分の手を握ると、うっすら手に汗をかいてるのが分かった。
「……わりぃ。俺も結構テンパってんな」
立木の一言で、俺の覚悟も決まった。
俺は立木に向き直る。
「──俺は青道で野球をやるって決めて、家を出た。野球の事でいっぱいいっぱいで、余裕もねえ。他の事に気を取られて野球が疎かになるのは嫌だから」
「……うん」
「でも俺が青道にいる間に、立木が他の野郎に取られるのも嫌なんだ」
立木の目が大きく見開かれる。俺は黙って立木の反応を待った。
しばらく俺らは見つめ合ったままだったが、立木は俺から視線を外すと、ぽつりと呟いた。
「……わがままだよ」
「……はは、だよなー」
「野球も、……私も、なんて。野球以外の事に気を取られたくない、って今言ったじゃん」
「……欲張りなんだ、俺。どうしても欲しいと思ったモンには妥協できねえ」
俺の言葉に、立木は再び俺に顔を向けた。困惑しているのが分かったけど、俺は続ける。
「──自分でも勝手なこと言ってるって分かってるよ。でもこれが俺の正直な気持ちだから」
「……」
また静寂が訪れた。俺は立木に言いたかったことを伝えたから、ひたすら立木の言葉を待った。
どのくらいそうしていたのか。俯いていたままの立木が口を開いた。
「……私も好きだよ、御幸のこと」
2015.3.13
加筆修正 2015.7.21