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 12月ももう終わろうとしている最中、俺はある家の呼び鈴を鳴らした。冬休みを利用して行われる青道野球部の地獄の冬合宿は30日までで、大晦日は流石に練習を行っていない。寮生も帰省したり自宅へ帰る。今年も今日で終わりという時に、俺は見慣れた自宅の玄関ではなく、過去に数えるほどしか訪れたことのない家の前で在宅者が扉を開けるのを待った。

 家の中から足音らしき物音が聞こえると、直後に目の前のドアが開いた。


「はいはーい。……ってこれは珍しいお客ね、お父さんいなくて良かったわ」


 俺を見て心なしか驚いているこの人は立木の姉の凛さんだ。俺だと分かると「どうぞ」と玄関のたたきに入るよう誘導してくれた。


「秋大優勝したらしいじゃん。おめでとう」

「あ、ありがとうございます」


 俺は凛さんに軽く頭を下げた。威張っている風ではないのに、何とも言えないオーラがある。


「──今日御幸と会う、なんて言ってなかったけど。あの子」

「……事前に言っとくと、上手いこと逃げられそうな気がしたんで」


 軽く苦笑いで言うと、凛さんは少し目を見開いた後ニヤリ、と笑った。


「……あんたにしちゃ、悪くない行動だと思うけど?──ちょっと待ってて、呼んでくるわ。澪、今大掃除してるのよ」

「すいません、突然来て」



 凛さんは玄関の真正面にある、2階へ続く階段を上っていった。
 立木とはあの時振りだ。寮で会うのが最後、と言われて抱きしめてから顔を合わせていない。
 中学を卒業してから立木とは連絡も取っていなかったが、今その時と違うのはメールのやり取りはちょこちょこあることだ。怪我の状況を報告したり、怪我が治ってからも他愛のない話を時々メールでしてみたり。
 繋がりが切れた訳じゃなかった。



 パタパタと頭上で音がすると、階段を下りてきた立木が顔を見せた。


「──あ、ホントだ。御幸おかえりー……ごめん、こんな格好で」


 立木は上下ジャージ姿で、前髪を上げて頭の上で結っていた。軽くちょんまげの様になっていて、普段は見えないおでこが顔を出している。


「俺も突然来てわりぃな。悪いついでになんだけど……ちょっと時間もらえねえかな」

「あ、じゃあ上がって──」

「──いや、出来れば外で話したいんだけど」

「──え、でも」


 そう言うと、立木は凛さんを見た。実はメールで立木から「今日は大掃除をする」って聞いていたから、自宅に帰った後すぐ荷物を置いてここに来たんだけど。

 青道野球部にオフの日なんて本当に数える程しかない。このチャンスを逃す訳にはいかないんだ。


「いいよ、掃除は私がやっとくから。行っといで」

「え!?掃除してくれるの!?」

「うん、だから着替えて髪直してきな。流石にその頭は恥ずかしいでしょ」

「──あ、うん。じゃあ御幸、ちょっと待ってて、ゴメンね」


 自分の頭を触りながら、立木は早足でまた2階へ上って行った。凛さんが「時間は気にしなくていーわよ」と言ってくれたので俺は礼を言うと、凛さんも2階へ行ってしまった。


 一時待っていると、身支度を済ませた立木が玄関に姿を見せた。立木は「いってきまーす」と2階まで聞こえるように大声で言うと、靴を履いた。


「お待たせ!じゃ行こっか」


 立木が玄関の扉を開ける。俺はこれから立木に話す内容のことを思うと、心の中で気合いを入れた。





**********





 御幸と顔を合わせるのはあの時以来だ。青道で御幸に抱きしめられてから一度も会っていなかった。学校が違うとこういう時便利だ、なんてぼんやりと思っていた秋。そしてもう年を越そうとしている。

 御幸の腕の中は、自分の決意とか思いが全部吹き飛んでしまうくらいの破壊力だった。何もかも忘れて目の前の御幸に手を伸ばしかけそうになった。でも寸前で理性が勝った。あの時の行動に何ら後悔はしていない。


 今日、どうして御幸が家に来たのかはよく分からない。
 私の数歩前を御幸がゆっくりと歩いている。


「今日はあんま寒くねえよな」


 御幸に話しかけられて、はっと我に返った。


「うん、そうだね。風がなくて晴れてるからじゃない?日が当たる所は冬じゃないみたい」


 私は目の前を歩く御幸を見つめた。日の光を浴びて、きらきらと輝いている。でもそれは太陽のせいだけじゃないように思えた。

 秋大優勝高校のキャッチャーで、4番でキャプテン。御幸自身も知らず知らずのうちについてきたであろう、その風格、オーラみたいなものが、野球をプレイしていない今でも僅かに滲み出ている気がした。




「──何で後ろ歩いてんの?」


 御幸がくる、と振り返って私に尋ねてきた。


「……ハハ、ごめん。ちょっと眩しくて」

「俺は日除けかよー」

「違うよ……まあちょっとはあるかな。御幸はキラキラ眩しいなあ、って」


 そう呟くと、私はごめんごめん、と言いながら御幸の隣に並んだ。











2015.3.12







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