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 御幸に動揺を見せたら終わりだ。




 またね、とお別れの言葉を言ったはずなのに、今私は御幸に抱きしめられている。


 目の前には御幸の練習着。マッサージをして分かっていたと思っていたのに、密着して改めて分かる御幸の固い鍛え上げられた体躯。


 中学の時は顔を見上げることもなく視線が合っていたが、私の目に映るのは御幸の肩だ。私の背中に軽々とまわる腕に、今まで感じたことの無かった御幸の匂い。




 ──どうして、御幸に抱きしめられてるの──




 あまりのことで目眩がしそうになった。どうして、どうして。御幸の感覚が頭の中を支配していても、疑問ばかりが頭に浮かぶ。


 混乱していると、遠くで金属音と男の掛け声が聞こえた。それに伴って歓声も。実戦練習をする、って言っていたから、今は試合の真っ最中なのだろう。



 そうだ。ここは青道高校野球部で、私の目の前にいるこの人は──。




「……なーに、本当にどうしたの。──寮生活が長くて女に飢えちゃった?……でもやる相手が違うんじゃないのー?」



 何故自分が抱きしめられているのかには触れない。

 私は青道野球部のキャプテンで4番の、御幸一也の「友達」なんだから──。



 御幸には自分の気持ちは悟らせない、だから茶化すように口に出した──のに。




 ……どうして、力が強く──



 御幸は私の発言の後、さらに強く抱きしめた。もう思考が止まる。

 なんで、なんで。



 私はかなり動揺していた。でもここでそれを御幸に見せたら駄目だ。御幸は鈍い方じゃない、私の気持ちが気付かれたら元も子もない。


 私はつとめて冷静に御幸の背中に手を回し、ポンポンと叩いた。



「……青道のキャプテンがどうしたの。何か悩んでるんだったら聞くよ、私でよければ」



 敢えて「青道のキャプテン」と口に出す。御幸はこんなことしてる暇は無いんだ。今は怪我をしているから練習に参加できていないだけで、全快だったら今頃グラウンドでボールを捕ったりバットを振ったりしているはずなのだから。


 私が問いかけても御幸の腕は一向に緩まないし何の返事も無い。



「──おーい、御幸?」


 私は御幸の背中を先程よりも強く叩いた。

 御幸はこんなことしてる場合じゃないでしょ、という想いをこめて。




 何回か強く叩いた後、私を抱きこむ腕の力が緩んだ。
 ゆっくりと私から身体を離した御幸は、身体ひとつ分距離をとった。



「……わりぃ」


 御幸は下を向いていて、表情が見えない。
 でもいつもの御幸じゃないことは分かった。


 そんな御幸を前にしても、私は友達として明るく接することしか出来ない。



「いーよいーよ。疲れてるんじゃない、やっぱり。さっきも言ったけど愚痴くらいなら聞いてあげられるから、遠慮なく言ってよ」


 笑顔で言い切った後、御幸は顔を上げ私を見た。


 いつも見せているニカッとした笑顔とは違い、力なく笑ったその表情に、私の心が刺される。
 でも、私は普段通りにしないといけない。



「……ああ、じゃあ何かあったら聞いてもらおーかな」

「今は?いいの?」

「──おう。もう俺もグラウンド行かなきゃならねーし」

「分かった、じゃあ愚痴りたくなったらメールでもして。じゃあねー」




 私は今できる精一杯の笑顔で御幸に手を振った。今度は御幸も手を振り返してくれた。

 それを確認すると、御幸より先に寮の外へ出た。1人でずんずんと歩き、グラウンドからも離れ、もう近くには誰もいない。


 私の足は自然と止まった。









 ──忘れたい?忘れたくない?



 御幸から抱きしめられた感触を思い出し、自分で自分の身体を抱き込むようにすると、私は腕で顔を隠したまま泣いた。










2015.3.6




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