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「澪、それ買ったの?可愛いじゃん」


 御幸からお礼にと貰ったヘアゴムを翌日着けて登校すると、早速菜々美から突っ込まれた。女子はこういう事には目ざといというか、いち早く気が付く。


「──うん。可愛い、よねえ」

「……何その言い方。──買ったんじゃなくて貰ったの?凛さん?」

「え、いや、凛ちゃんじゃなくて」


 私の動揺している素振りを見た菜々美は、何か思いついたのか様子を急変させた。


「……間違ってると思いたいけど、もしかしてあのクソ野球バカ御幸じゃあないでしょうね」


 女はどうしてこんなに勘がいいのか。おどろおどろしい何かが菜々美の周りに漂ってる気がするが、敢えてふれないことにした。
 私はハハ、と苦笑いを見せる。


「……当たりー、その野球バカがお礼に、って」

「お礼、ってこの前澪が言ってた御幸の怪我の処置のやつ?」

「うん、私じゃなくてお母さんがしてるのにね」

「……あいつってこんな芸当できる奴だったの……秋だけど雪かあられでも降ってくんじゃないの」


 信じられないといった様子の菜々美に私は返す言葉も無かった。私自身でさえ驚いたのだから無理もない。


「……これくれたのって、お礼って理由だけなの?」

「そりゃそーでしょー」

「ふーん……」


 しばらく考え込んでいた菜々美だったが、貰えるもんは貰っといていいわよ、といつもの調子に戻った。


「でも澪が青道に行ってんの?沙耶さんは?」

「急に仕事の依頼が入ってさ。……でももうじき終わるみたいだから、私が青道行くのも次が最後かな」

「……いいの?澪はそれで」


 菜々美は私の御幸に対する気持ちを知っているからか、複雑な面持ちだった。


「いいも何も、御幸に言わないって決めたのは私だし。またしばらく会わなくなるだけだよ」


 私があっけらかんと即答したので、菜々美はそれ以上何も言わなかった。





**********





「こんにちはー」


 神宮大会も明日に迫った頃、立木が青道野球部のブルペンに顔を出した。ただ練習を見学している俺はすぐに気がついたが、投球練習をしている沢村も「澪さん!ちわーっす!」と声をかけている。


「御幸の身体チェックに来ました!お母さんじゃなくて申し訳ない!」


 でも次はお母さん来るから、と立木は顔の前で手を合わせている。


「じゃあ寮行くか。この後また実戦練習だから」

「……まーたスネてる?」

「──毎日練習着に着替えてんのに汚れねえしよー」


 立木はぶっ、と吹き出した。そんなやりとりの後、この前と同じように2人で寮に向かった。


 俺の部屋に着くと、立木は前回と同じように身体の状態を診た後マッサージもしてくれた。沙耶さんに教わったらしい。
 俺は今まで知らなかったが立木は将来はトレーナー志望だという。沙耶さんに少しずつ教えてもらっていると聞いて、マッサージが上手いのも納得だった。




 そんなに時間もかからず終了すると、俺らは寮の部屋を出た。寮の階段を下りたところで、立木が口を開く。


「──ほんと治りが早くて良かったね。怪我もそんなひどい方じゃなかったし……次からはお母さん来れるから、私は今日で最後ね」


 その言葉に俺は思わず立木の方を見た。立木は柔らかく微笑んでいる。


「身体大事に、キャプテンだからって無理しないようにね。無理すると大好きな野球できなくなっちゃうよ?」

「……」


 立木は笑って話しているけど俺は黙ったままだった。
 何故か頷くことも言葉を返すことも出来ない。


「……中学卒業してから、久しぶりに話せて楽しかったよ。今日はここでいいから、じゃあ──またね」


 立木は俺に笑って手を振った後、背中を向けて歩き出した。

 俺はグラウンドに行くこともせず、その場に立ち止まったままだった。




 「また」って、いつだよ……。





 今回も、立木が決勝戦の後声をかけてくれなかったら会う事も無かった。話しかけてきてくれたのも、俺が怪我をしていたからだ。なんの故障も無く秋大を優勝していたら、こんな風に話したりすることも無かったんだ。


 下手したら、中学を卒業してから、ずっと。






「──立木!!」


 俺は気が付くと、前を歩く立木に向かって走り出していた。俺の声に振り返った立木は、歩くのを止め立ち止まった。


「──どしたの?治ってきてるからってあんまり走らない方が……」





 俺は立木の目の前まで来ると、立木を両腕で抱きしめた。立木の背中に腕をまわすと、立木の顔が俺の肩口に触れた。


 思っていた以上に柔らかい立木の身体の感触と、髪から香る匂いに色んな想いが溢れ出てくる。中1で初めて出会って友達になってから、高校生になって今まで──。立木との数々の出来事が、思い出されていた。



「……なーに、本当にどうしたの。──寮生活が長くて女に飢えちゃった?……でもやる相手が違うんじゃないのー?」


 今までと何ら変わりない立木の態度に、俺はさらに腕の力を強める。
 そんなんじゃねえ、そういう事じゃねえんだ、と言葉にしたいけれど、口から上手く声に乗せて出てこない。




 何て表せばいいのか分からない混沌としたこの気持ちを、立木を強く強く抱きしめることで伝わればいいのに、そう思った。











2015.3.6




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