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今日は授業後に病院に行き、怪我の具合を診てもらった。医者からは「思っていたよりも治りが早い」と言われた。それはきっと立木と沙耶さんのお陰だろう。立木のお母さん──沙耶さんから教えてもらったストレッチや、テーピング等の処置はかなり効果があると自分でも分かる。
病院に行くのは今日で2回目だったから付き添いも無く1人電車に乗って来た。帰りに駅の構内を歩いていると、ある店に目が留まった。
普段の俺だったら絶対に通り過ぎていただろう。しかも周りに野球部の連中もおらず俺1人。
俺はその店に足を踏み入れ、目をひいた品を手に取るとすぐさまレジに向かった。
青道高校方面への電車はすぐにホームへ到着した。乗り込むと、まだ空いている車内のドア近くに立つ。カバンの中では包装された品物がカサッと音を立てた。
俺は立木が1人で青道に来た日の事を思い出していた。
その夜食堂で飯を食べ終わった後──
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「御幸と立木さんってホントに仲が良いんだね。傍から見てても分かるよ」
ちょうど一緒のタイミングで食堂を出たナベ、小湊と並んで歩いていたら急にナベから言われた。
「んー……そうかあ?」
「御幸が女子とあんなに長い時間接してるの初めて見たよ、皆そう言ってる」
「1年の間でもその話出てました」
小湊もナベに同意したのを見て、俺はポリポリ頭をかいた。まあ中1の時からの仲だしな。
するとナベが口に手をあててクス、と笑ったので何だよ、と問いかけた。
「いや、御幸は立木さんに甘えてるよね。そんな御幸も初めて見たから意外でさ」
ナベの発言に俺は目が点になった。
「え?……俺普通だったろ?」
「……御幸、自分で気付いてないの?」
俺が立木に、甘えてる?中学の時と同じように立木と話してただけなのに。
「じゃあ御幸先輩無意識だったんですね。僕も渡辺先輩と同じように思いましたよ」
「……」
小湊からトドメの一言をくらった俺は絶句した。
「いいんじゃない?あーいう御幸も悪くないよ」
ナベがそう言うと、ちょうど寮の部屋前に着いた俺らは各々自分の部屋に戻った。
それにしても俺は立木に甘えてたのか。
確かに立木には気を遣うことはない。中学の時は飯まで作ってもらったり、お互いの家庭事情も分かっているから立木は俺の懐深くまで入り込んでいるとは思うけど。
立木は俺に何も要求しない。変なプレッシャーも与えてこない。俺に「頑張れ」なんて言ったことも無い。でもいつの間にか隣にいて、俺が何も言わなくても手を差し伸べてくれたりする──そんな奴だから。
今回も、俺は何も言ってないのに助けてもらった。立木に礼でもしねえとな、と考えながら、洗濯物を持った俺は再び部屋を出た。
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病院から青道に戻ると、練習着に着替える前にグラウンドへ向かった。監督や礼ちゃんに診察結果を報告する。
グラウンドでは実践練習の真っ最中だった。
「あ!御幸先輩!」
寮に戻って着替えようかという時、1年マネージャーの吉川に呼び止められた。
吉川はパタパタ走って俺に近寄ると、紙袋を差し出した。
「ついさっき立木さん……でしたっけ、御幸先輩にってこれ、持ってこられました!」
袋の中身はテーピングやらのケア用品の類だった。この前渡し忘れたからと言ってました、と吉川は付け加えた。
「──立木、もう帰った?」
「来られたのが本当にさっきなので……入れ違いになりませんでした?」
「いや……」
グラウンドに来る時も立木に会わなかった。ということは俺がちょっと遅かったか。
俺はありがとうと言って紙袋を受け取ると、寮に向かった。
寮の門をくぐって自分の部屋へと歩いていた時、寮から出てくる見知った姿を発見した。
帰った、と聞いていたけど。
「──立木?」
俺の声に顔を上げた立木は、俺の側まで寄ってきた。
「あ、御幸!──マネさんから受け取った?この前お母さんが私に渡しそびれたみたいで、ソレ。足りなくなった時に使ってって。届け物しに来たまではよかったんだけどトイレ行きたくなっちゃってさ。高島先生に言ったら寮のトイレ貸してくれるっていうから遠慮なく借りちゃった」
立木と鉢合わせなかった理由がようやく分かった。病院行ってたんでしょ?と聞いてくる立木に返事をすると同時に、俺からも渡さなきゃいけない物があるのを思い出す。
「俺もちょうどよかった。立木、コレ」
俺はカバンから駅で買った品を取り出すと、立木に向かって差し出した。
立木は訳が分からないようできょとん、としている。
「……何?」
「あ、いや。今回立木には世話になってるから、せめてものお礼……なんだけど」
面と向かって聞き返されると逆に緊張する。
え、と驚いた様子の立木だったが、しばらくして「ありがとう」と俺の手から綺麗に包装された品物を受け取った。
「……気、遣わなくて良かったのに。今回の事は私が勝手にお節介焼いたんだし」
「──でもおかげで治りが凄く早えからさ。タダで診てもらってるし」
俺の言葉を聞いた立木は、俺の顔を見て笑った。
「──じゃあ有難く受け取ります。責任もって私からお母さんに渡しとくね」
「え、いや、違」
慌てた俺に立木も「え?」と聞き返す。
「……それ、沙耶さんじゃなくて、立木に、なんだけど」
「……へ?私?何で」
本当に自分宛だと思ってなかった立木を見て俺は息を吐いた。
「立木が沙耶さんに言ってくれなかったら、診てもらえてなかっただろ。全ては立木が動いてくれたからだし」
「……でも私何もしてな」
「してんの!さっきも言っただろ、……それ沙耶さん向けじゃないから立木が受け取って」
「……」
立木は困惑した様子で自分の手の中にある贈り物と俺を交互に見比べた後、申し訳なさそうに軽く頭を下げた。
「……ありがとう。──ごめんね、お金使わせるような事させちゃって……」
「──俺が勝手にした事だからいーんだよ」
やっと納得した立木を見てホッとしていると、不意に立木が呟いた。
「……開けてもいい?」
「え」
「何買ってもらったのか気になるし、中身見てからお礼言いたい」
「……いいけど」
まさか今ここで俺が選んだ物を見られるとは思ってなかったので焦ったが、俺の許可が出るとすぐに立木は包装を開き始めた。
……なんか、いたたまれねえんだけど。
「……可愛い」
立木は包装を開くと呟いた。中から出てきたのは、黒い髪ゴムにシンプルな小さいアクセサリーが付いたもの。
立木に似合いそうだな、と思ったのがコレだった。今まで派手なアクセサリーをつけてるとこなんて見たことなかったし。
「──これなら学校にもしていけそう……あ!しかもゴムがダメになってもアクセだけつけ変えれる!」
長く使えそうー、なんて言ってる立木は明らかに喜んでいるので胸をなで下ろした。
……それにしても照れる。
「今着けてみていい?」
え、と俺は面食らったが、髪を結んでいなかった立木は手ぐしで髪を一つにまとめると、頭の後ろで俺のあげたゴムを使って縛った。
「……しまった、後ろで結ぶと見えない」
いわゆるポニーテールという髪型になった立木は慌て出した。
どうかな?と俺に視線を向けたので俺は思ったままを口に出した。
「──似合ってる」
「ホント?ありがとー」
立木は笑顔で俺に礼を述べた。
俺はむずがゆい気持ちでいっぱいだった。
それと同時に、今まで見えなかった首筋に目を奪われたのは立木には内緒にしておく。
2015.2.26