捕手の務め


 2年になった俺は新たな悩みが出来た。
 只でさえ野球で忙しいのに。嬉しいような、困ったような。


「あー、一也くん!今日も会えたあー」


 昼休みに指定した場所で俺を待っていたのは、1コ下の彼女。
 中学の時から付き合っていて、この春に青道高校に入学してきた。

 真新しい制服に身を包んで、贔屓目なしでもかなり可愛い容姿の立木澪は、俺を見るとにこーと笑った。

 うん、俺の彼女は今日も可愛い。


 昨年は中学と高校で学校も別々だったため気が気じゃなかった。俺のいないところで他の男が澪にちょっかい出していないかとか、変な目にあってないかとか、気を揉むことが多かった。

 でも俺を追って青道に入った澪。高校が同じなら今までよりは目が届くし、野球をやっている時は無理だけどすぐ会いに行ける。

 とりあえず一安心、のはずだったが…。


「…で、なんで純さん亮さんがここに?」


 澪にしか教えていない校内の待ち合わせ場所には、先客がいた。


「だってすっごい可愛いって噂の御幸の彼女、間近で見てみたかったからさ」

「――すげーぞ御幸。少女漫画に出てきてもおかしくない女って現実にそういねーからな」


 澪を間に挟んで3人で何やら喋ってたようだ。澪も「一也くんの先輩いい人だねー」とニコニコしている。

 いや、澪。少なくとも1人は優しい仮面を被った似非紳士だぞ。


「…じゃあ先輩、もういいですかね。俺ら一緒に飯食う約束してたんで」

「俺達も一緒していい?」

「え!!?」

「いいじゃねーかよ。お前ばっかり幸せでずりーぞ」


 予定外の先輩ズの乱入に慌てる。俺はできれば遠慮したい。どうやって断ろうか考えていると、亮さんは澪に笑顔で話しかけた。


「澪ちゃん、いい?俺達も一緒で」

「はい!いーですよ。一也くんの野球部での話、聞きたいです!」

「おーっしゃ、決まりな!俺ちょっと購買行ってくるわー」


 純さんが購買に行くためその場を去ると、俺はちらっと亮さんを見た。


「…何?そんな目で見ても今日は澪ちゃんとご飯食べるからね」

「ですよねー…」


 遠慮してほしい、という俺の考えを見越してたのか、亮さんが俺にくぎを刺した。今日も澪と2人で食べたかったけど、諦めるか。


「――ま、食べ終わったら邪魔者は去るから安心しな」

「え」

「俺だってそんなに悪魔じゃないしね」

「……」


 その分部活で何かされそうな気がする、と怖くなったがここは亮さんに甘える事にする。澪を見ると相変わらずニコニコしている。

 しばらくして純さんがパンやらおにぎりを片手に戻ってきた。
 場所を移動して、4人でお昼を食べ始める。




「澪ちゃんは御幸のどこがいいの?」


 亮さんのいきなりの質問に、俺は飲んでいたお茶を吹いた。
 きたねーぞ!という純さんを無視して、澪は亮さんに喜々として語り出す。


「え…と全部です。顔も性格も全部カッコいい!あとすごく優しいところかな」


 やたら嬉しそうに話す澪に、俺が照れる。勘弁してくれ。
 純さんがのろけてんじゃねーぞ!と吠えていた。


「…ふーん。でも御幸もモテるからね、気をつけておいた方がいいよ、澪ちゃん」


 何を言い出すんだ亮さんは。
 亮さんの言葉に澪の顔が少し曇る。


「…それは、中学の時もそうだったんで…。高校の方がすごそうなので覚悟はしてますけど」

「まあ何か嫌なことがあったら御幸に言いな。俺ら野球部の奴らでもいいよ、悪いようにはしないから」

「――ありがとうございます。心強いです、嬉しー」


 澪の顔にいつもの笑顔が戻った。…そんなこと思ってたなんて気付かなかった。
 しかし亮さんの言葉に裏がありそうで怖いのなんの。


 その後ひとしきり野球部の話で盛り上がり、昼休みも半分が終わろうとしていた。



「…じゃあ俺ら食べ終わったし戻ろうか。行くよ」

「――え!?俺もかよ!?」

「少女漫画いつも読んでるんだから分かるでしょ。こういう時は?」


 純さんはボリボリ頭をかくと、しょーがねーなーと言って立ち上がった。
 2人は澪にバイバイと言うと早々にその場を後にした。

 …何がしたかったんだ、あの2人。


 先輩達が見えなくなると、俺は澪の柔らかい髪に触れた。


「一也くん?どうかした?」

「…あんまり俺の知らないとこで悩むんじゃねーぞ。心配になる」

「あ、さっきのこと?…だって、一也くんカッコいいから…」

「それはこっちのセリフ。澪の方がモテんだからな。実際今日も先輩達が会いにきたろ?」

「えー、それは私が後輩の彼女だからじゃない?」


 ちげーよ、と俺は澪の頭に置いていた手を移動させて頬を撫でた。
 すっげえ柔らけえ。ずっと触っていたくなる。

 くすぐったいのか、澪は身をよじった。


「分かってねーな。俺が澪のこと可愛いって思うように、他のヤローもそう思ってるってことだよ。腹立つけどな」


 俺がそう言うと、澪はくすっと笑った。
 澪の頬を撫でていた俺の手に、自分の手を重ねて。


「んー?でも私が好きなのは一也くんだけだし」

「……」


 ね?と上目遣いに俺を見上げる澪に、はーっと溜息をついた。


「だから心配になんじゃねーかよー」

「え?何で?一也くんだけ、って言ってるのに?」

「分かってねー。俺の澪は何も分かってねえ〜」


 俺ががっくしうなだれると澪は慌てだした。いちいちやることが可愛くて嫌になる。


「まー、俺が捕まえとけばいーんだけどな」


 頭に疑問符が浮かんでる澪をぎゅっと強く抱きしめる。

 亮さん達以外にも男はわんさかいるからこの先まだまだ大変だけど。

 野球のボール以外にも、取りこぼしできない澪を捕まえとかなきゃならない俺は、つくづくキャッチャーだよな、と思った。









(50000HIT記念リクエストより:ヒロインは御幸の中学時代からの彼女で一年遅れで青道入り。結構モテる彼女のことが心配でたまらない御幸)

2015.2.20



 


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