01
奴との出会いは学校でも野球場でもなかった。
「……あれ、どこかで見たことある」
思わず口から出た言葉は、小さいながらも相手の耳に届いたようだった。いつも御用達のスーパーマーケットで今日のメニューを考えながら歩いていると、前方に小柄な男の子を発見した。お互いが片手にカゴを持ち、各々違った食材が入っている。
私の言葉に振り返った彼は、私とカゴを交互に見比べた。
「こんちは、同じ中学だよな」
制服を着て買物をしていた私は、ようやく合点がいって頭がすっきりした。同じ中学校に通っている「彼」は野球のユニフォームを着ていて、接点が思い出せなかった。同じ1年で別のクラスで見たなあ、とやっと疑問が解消された。
「こんにちは。練習帰りに買物?偉いね」
「あー、俺が家事やってっから。買物はいつも俺の仕事なの」
これは聞いてはならない事を聞いたんじゃないかと一瞬焦ったが、目の前の彼は淡々としているので敢えて気にしないようにした。
「……私いつも買物ここでしてるけど、初めて会ったよね」
「練習試合の帰りだからさ、いつもは違うスーパーなんだ。たまには違う店で買物したくならねえ?」
ニカッ、という表現が一番しっくりくる笑顔を見せた彼に、私もつられて笑った。
「分かる分かる。品揃えも微妙に違うしね。結構わくわくする」
「だろー?俺は自分で料理すんだけど、お前は?」
「私も作るよ。料理含め家の家事ほとんど私がやってる」
「マジ?俺と同じだな!今日は何作んの?」
持ってるカゴの中身を覗き合い、今日の献立について話しながら店内を歩く。
レジで会計を済ませ、2人で店を出た時彼は私に振り返った。
「お前、名前は?」
「立木澪だよ。君は?」
「俺は御幸一也!今度いいメニューとかあったら教えてよ。マンネリになっちゃってんだよなー。じゃー学校で!」
言うだけ言って颯爽と帰って行く彼に苦笑しつつ、少しの時間だったけど楽しかったなあと反芻しながら御幸とは反対方向の家路を急いだ。
ただいま、と玄関の扉を開けリビングに入る。夕方のこの時間、家にはいつも通り誰の気配も無かった。買物袋をダイニングテーブルに置き一息つき、後ろの壁に掛かってあるホワイトボードを見て今日は誰が帰ってくるのかを確認した。
ホワイトボードには父、母、姉、兄の名前が書かれており、名前の横に今日の予定などが書き込まれてある。家族それぞれの時間がバラバラの立木家では、このボードで各々の予定を把握するのが常となっていた。
「今日夜いるのはお父さんと凛(りん)ちゃんか」
夕食を食べる人数が分かってから食材を冷蔵庫に出し入れする。ご飯の下ごしらえをしてから洗濯物を取り込んで、それから掃除だな、と何の苦もなくいつもの作業に取り掛かった。
2014.9.18