15
御幸に言い訳メールを一方的に送り付けたその日、放課後になると私は菜々美を呼び止めた。
「菜々美、……この後時間ある?バイト?」
「ううん、今日は休み。どしたの」
「──ちょっと話したい事あるんだけど…残れる?」
「……うん、いいけど……?」
じゃあこっちに来て、と私は教室のベランダに菜々美を連れて行く。教室にはまだ人がちらほら残っていて、込み入った話はしづらかった。
私が学校に居残ってまで話したい、なんて今まで言ったことがなかったから菜々美は何事かと不審がっている。
ベランダには先客はいない。見下ろせるグラウンドには運動部の掛け声が響き、私達の内緒話を上手く隠してくれそうだ。
私はベランダの手すりを握り、手すりに背中をあずけた態勢になった菜々美に向かって口を開く。
「──私、自覚したよ」
私のいきなりの言葉に訳が分からなかったのか、菜々美は首をかしげた。
「……何を?」
「……御幸を、好きだって」
「!!──とうとう認めたか」
驚いた顔の菜々美に、うん、と私は頷いた。御幸本人に打ち明けた訳じゃないのに、心臓がいつも以上に跳ねる。口に出したことで益々認識したのか、顔が熱くなるのが分かった。
「で!?御幸にはいつ言うの?」
笑顔で、少し興奮した様子の菜々美が私に尋ねた。
私は真顔のまま答える。
「──言うつもり、無い」
「……え?」
「御幸に告白はしないから。──気持ちを伝える気は無いよ」
「……何でよ」
分からない、と菜々美は全く納得がいってないようだった。先程までの笑顔は消えていた。
私は菜々美から視線を外し、グラウンドを見つめた。
「……あの鳴でさえ、彼女いないんだから……」
「鳴、って稲実の成宮くん?」
私はこくりと頷いた。本当に菜々美に伝えたいのは、ここからだ。
「この前秋大の決勝戦観に行って、思い知った。御幸の、野球にかける想いとか。どれだけ野球が好きで、夢中で。これしかない──他のことなんて微塵も入るスペースなんてないよ、ってプレーする姿でビシビシ伝わったんだ」
「……」
「鳴や御幸みたいな、野球に一生懸命な男には私の気持ちなんて──邪魔なだけだよ。御幸に言ったところで、むこうは迷惑だと思う。恋愛沙汰に時間かけてる余裕なんて無いよ」
私はハハ、と笑った。御幸の迷惑になるようなことだけはしたくない。彼の邪魔なんてもってのほかだ。
「……じゃあ御幸にはいつ言うのよ!?もし高校卒業して御幸がプロに行ったら!?大学で野球続けたら!?澪はその度野球を理由にして、ずっと気持ちを閉じ込めておくつもりなの!?」
菜々美が声を荒げたのでびっくりしてそちらを振り向くと、私は目を見開いた。
「……ごめん、菜々美を泣かせるつもりじゃなかっ──」
「泣いてないわよ!!これは涙じゃない!鼻水が目から出ただけよ!」
ぼろぼろ目から涙をこぼしている親友が、そこにいた。私は慌ててポケットからティッシュを取り出すと、菜々美に渡そうとしたが拒否された。
「──自分で拭くからいい。……何よそれ……そんなにあの野球バカ御幸を優先しなきゃいけないの」
自分のハンカチで涙を拭う菜々美に、私は微笑んだ。
「……御幸と高校で初めて会って、好きになって──とかなら言ってたかもしれない。でも御幸と私って、ずっと『友達』だったからさ」
気持ち伝えたら、御幸気にすると思うんだよね。と私は呟いた。
「変に気を遣わせたくない。余計な事で御幸を振り回したくないし。……自惚れてるかも、しれないけど……」
「──『好き』って伝えることって、そんなに相手に負担になるようなこと!?なんでそこまで我慢しなくちゃいけないの!?」
高ぶっている菜々美から視線を外し、私は再度グラウンドを見つめた。様々な部活で、頑張っている生徒達。その中でも家を離れ寮生活をしてまで野球に打ち込む御幸や鳴。元々野球に高校生活を捧げる覚悟で生きてる人間に、好きだからってすぐ想いを伝える気なんて全く起きなかった。
それだけ野球が好きだって、伝わるから。
私の気持ちなんて、邪魔なだけ──。
私は菜々美にごめん、と呟いた。しばらく私を黙って見つめていた菜々美は、はーっと深い溜息をついた。
「……分かったわよ。当分御幸には言わない、ってことね」
「……うん。ごめんね菜々美。イライラさせちゃうと思うけど……」
ホントそうよ、と菜々美は悪態をついた。
私は苦笑いを見せる。
「──でも、もう決めたんでしょ。御幸には黙っとくって」
「……うん。気持ちもバレないように、悟らせないようにするから」
私の決意が固い、と分かったのか、菜々美はそれ以上何も言わなかった。
「頑固な親友を持つと大変だわー」
それだけ言い捨てると、菜々美はベランダから教室へ戻って行った。
一緒に帰ろ、とまたベランダに顔を覗かせた菜々美に私はありがとうと伝えると、後を追うように教室へと入った。
2015.2.16