14


 ──やってしまった。


 お母さんと青道に行った翌日。私はいつもより早く起床し、忘れたくても忘れられない昨日の失態を恥じた。思い出したくもないけれど思い出さなきゃならない一連の行動。


 眠っていて、起きるやいなや目の前に泣いている友達がいれば誰だって驚く。いやビビる、ひく。そして御幸に泣き顔を晒した後、とっとと走って逃げたという暴挙。怪しまれない訳がない。


 御幸は薄情では無い、と思う。でも泣いていた理由を追及されたらこちらが困るのだ。あっさり言える訳がない、理由が理由だけに。


 ……よし。


 私は携帯を手に取ると、御幸宛のメッセージを打ち始めた。追及される前に先手をうつ。
 送信するのは登校の時でいい。昇りかけた日の光がうっすら差し込む自室で、携帯の明かりを頼りに指先を一生懸命に動かした。








**********




「珍しいじゃねえか御幸、学校で携帯触ってるなんてよ」


 教室で倉持に話しかけられてはっと我に返った。
 朝練を済ませ、登校した俺の携帯に届いたメール。こんな時間に誰だ、と思って開いたら立木からだった。

 一瞬で昨日の事が頭をよぎった。立木が泣いているところなんて今まで一度も見た事がなかったから、面食らって動けなかった。

 どうした、何があった。聞きたい事だらけだったのに、立木は俺から逃げるように部屋から出ていってしまったから、俺はしばらく呆然としていた。


 昨日の回想の後、俺は立木のメールを読んだ。


 ……。



「──あいつ、俺に話す気ねーな……」

「あ?」


 席についている俺の前を倉持が陣取る。倉持が俺の携帯を覗き込もうとしたので、俺は画面を見られる前に携帯を閉じた。



 “怪我はどうですか?昨日はびっくりさせたよね。起きたら目の前に泣いてる奴いたらビビるよね!変なとこ見せちゃってごめん。あれは御幸は関係無いから。最近情緒不安定なだけだから気にしないよーに!じゃあお大事に”


 あっさりとした文面。つまり「俺は何も聞くな」ってことだろう。俺からとやかく聞かれる前に立木からアクションを起こした、という事は。


「そーいや御幸、昨日はどーだったんだよ?」


 倉持が悪い笑顔を浮かべて俺に顔を近づけてきた。ヒャハ、と笑い声が漏れている。


「……昨日って、何が」

「あの子、立木さんが行っただろ?お前の部・屋・に」


 俺は少し動揺したが、倉持に悟られないように話を続ける。


「──何で知ってんの?」

「俺がお前の様子を見に行こうとしてた時、立木さんとバッタリ会ってよ。そしたら俺から御幸に渡してほしい物があるって言うから、じゃああんたが行って、って御幸の部屋の場所教えたんだよ」


 それで立木は俺の部屋にいたのか。そういえば倉持に聞いたとか言ってたのを今思い出した。かなりテンパってんな、俺。だけど何で泣いてたのかはさっぱり分からないままだ。


「──で?何も無かったのか?」


 昨日聞きそびれてたからよー、と言った倉持の笑顔がますます怪しいものになっていく。沢村の携帯をチェックする時の表情そのものだ。


「ねーよ。寮の部屋だし、何も起こるわけねーだろ」

「だってよ、野球部員は皆練習で出払ってて寮には自分1人……しかも目の前に可愛い女ときたらよ」


 倉持は立木が泣いてたなんてこれっぽっちも思っちゃいないから、普通はこう思うのか。


「しつけーよ、何もないって!立木はすぐ帰ったし」

「……そーかよ。──1年の時話に出てた子、立木さんだろ。見ててすぐ分かったわ」


 お前の友達がグラウンドに来た時話に出てきた子だよ、と倉持は付け加えた。



「……そうだけど」

「で?どーなのお前。ズバリ好きなんだろ??」


 もう倉持の顔は完全に崩れている。好奇心満々、隙あらば冷やかす、面白がろうとしているのが見え見えだ。


「俺は」
「御幸くーん!おはよー!秋大優勝おめでとう!!」


 俺が言葉を発したのと同時に女子達が俺らの周りに群がってきた。1人2人じゃない。口々に「すごかった」とか「カッコよかった」とか矢継ぎ早に言葉が飛んでくる。


「昨日散々聞いたぜ!おめーら」

「倉持には言ったけど御幸くんにはまだだもん。御幸くん昨日欠席だったからさー」


 昨日は怪我を診てもらうため病院に行ってて学校を休んだ。寮で聞いてはいたけど昨日の学校は優勝の話題でもちきりでえらい騒ぎだったらしい。


「俺の時より人数多すぎだろーが!!」


 倉持が叫んでいるけど女子達は気にすることなく俺に話しかけてくる。倉持から話をそらすことができたのは良かったが、俺は多少いやかなりビビりながら苦笑いでどーもー、と言うしかなかった。












2015.2.13




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