10
秋大に優勝したその日の夜は、祝勝会で大盛り上がりとなった。
先輩達も交えて皆で喜びを分かち合った。
その翌日──
授業終了後、青道野球部の面々は早速練習に入る。秋大が終わったからといってゆっくりなどしてはいられない。9日後には神宮大会が待っている。
ただ俺の怪我は3週間の肉離れと診断され、神宮大会は欠場と決まった。……治ると思うんだけど。
食堂でのミーティングも終わり、今からグラウンドで練習開始、と監督から告げられたその時──。
退席していた部長が食堂に入ってきた。その後ろから女の人も一緒に。
美人だけど結構年いってる感じだ。監督や部長よりも年上に見える。
部員一同、隣同士顔を見合わせ「あの人誰だ?」とひそひそ話している。
「じゃあ皆グラウンドに集合!──御幸!お前は残れ」
監督から俺だけ居残りの指示が入る。ま、グラウンドに行ってもまともに練習出来ないからな―……。
さっき部長と入ってきた女の人は監督や礼ちゃんと挨拶を交わすと、俺の前へと来た。
俺はとりあえず、挨拶をしようと立ち上がってその人の顔を真正面から見た。
──見覚えがある、顔だ。
この人に会ったことは無い。──ただ、この顔はどこかで──
そう考えていると、その女の人はふふ、と微笑んだ。
「──初めまして。立木澪の母です。澪と凛からは色々と話聞いてたのよー」
!!立木の、お母さん!?
どうりで見たことがある顔だと思った。立木ってお母さん似なんだな……、って今それはひとまずおいといて。
「──初めまして、御幸一也です。……でも何で、立木のお母さんがここに──」
「あれ?澪から聞いてない?」
すると食堂の扉がまた開いて、1人の女子が顔を出した。失礼します、と言ったその聞き覚えのある声に、おれはバッと声がした方に顔を向ける。
その女子は、昨日球場で俺に「野球バカ男」と捨て台詞を吐いた奴だった。
倉持とゾノが「あ」と声を上げた。
部員達は何故かまだグラウンドに行っておらず食堂に残っていて、今度は誰だ、と騒いでいる。
立木は監督達に一礼すると、俺に「よ」と手を上げ俺の前で立ち止まる。
「やっほー、死に損ない」
「……勝手に殺すなよ」
そう言うと、立木はくすっ、と笑った。
「意外と元気そうじゃん。昨日の今日でヒイヒイいってんのかと思ってたけど」
「……ていうか、どうしたんだよ。青道まで来て」
俺の言葉を聞いた立木は、本題を思い出したのか直ぐさま喋り始めた。
「私がお母さんに頼んだの。御幸の怪我のケアをして欲しいって」
「……え?」
「持つべき者は『スポーツトレーナーを母に持つ友』だよねー」
立木はニッ、と笑って俺を見上げた。俺は立木のお母さんに顔を向けると「そういうことー」と指でピースサインをしている。
「球場で見た感じ、怪我軽くなさそうだったからさ。御幸に怪我の状況聞いてから、すぐ青道の部長さんにお願いに行ったんだ。『母に御幸の怪我のフォローさせてもらえないか』って。ちょうど今お母さん日本にいるからさ。その道のプロであるうちの母に診てもらったら絶対治り早いと思うよ?」
どうよこの好条件、と立木は腰に手を当て満足げにしている。
「……でも、いいんすか?立木のお母さんの仕事の方は……」
俺は立木の母さんに尋ねた。本業が忙しいんじゃないのか。中学の時立木の親は仕事で忙しい、って聞いたことがある。
「この前アメリカから帰国して、今そんなに忙しくないのよ。タイミング良かったわー。じゃあ早速身体の状態見ようか。私の事は沙耶(さや)さん、でいいわよ。くれぐれもおばさん、って呼ばないように」
軽く俺にくぎを刺した立木の母さん──もとい沙耶さんは、礼ちゃんや監督と施術の場所について話し始めた。俺は立木の方をちらりと見やる。
俺の視線に気付いた立木は首をかしげた。
「──何?」
「……事前に言ってくれればこんなびっくりすることもなかったのによ」
「まあいいじゃん。日も空いてなかったし、直接話せばいっかと思って」
立木はケラケラと笑っている。
そういえばこんな風に立木と話すのも久し振りだな、と俺は中学の時の事を思い出しながら立木とたわい無い話を続けた。
俺は後ろで皆がひそひそ話しているのに全く気付いていなかった。
「「「御幸が女子とあんなに長いこと喋ってるの初めて見たぞ……」」」
2015.1.23