バッテリー


 今日も私は駆け回る。学校内外、所構わず。ふと気が付くと走っている。

 理由は1つ、ある男から逃げ回っているからだ。それしか考えられない。そいつを撒かないと私に安息の日など無い。


 授業が終わってからの昼休み、私はいつも通り女友達4人とお弁当を食べる。ただ皆とは食べるスピードが違う。急いでお弁当を口にかきこむと直ぐさま片付け、カバンに空のお弁当を放り込んだ。


「早いね澪、いつもだけど!」


 まだお弁当の半分も減ってない友達から明るく言われる。


「早く食べないと奴が来るからね!じゃあ私はどこかに避難しとくわ!」

「別に来たっていいじゃーん、成宮くん。何でそんなに逃げなきゃいけないのかね」


 その何気ない一言は、私の導火線に火を点ける。


「皆は分かんないのよ…あの男につきまとわれる事がどんだけ大変か…!」

「普通にお話すればいーじゃん。鳴ちゃーん、とか言っちゃってさ。全国でも有名な将来有望株!ピッチャーだよ、お近づきになっといてツバつけとけば…」

「気持ち悪いこと言わないでくんない!!?」


 身体に震えが走る。冗談でも受け流せない。あの男とお近づきになんかなりたくない。いっそ私とは遥か遠いところにいてほしい。それなら奴の幸せも祈れる気がする。只でさえあいつは有名人で周りからちやほやされてんだから。女子には特に。


「…私は丁重にお断りするわ。じゃあまた後で!」


 物思いにふけってる場合ではない。急いで教室から廊下に出ると、左右を確認する。奴がいない事を…

 げ!


 今日は友達と長く喋り過ぎた。左方向から歩いてくる、目に焼き付けたくなくても焼き付いてしまっているあの姿。

 間違い無く成宮鳴、その人だ。


 私は進行方向を右に定めると、一目散に走り出した。


「あ!立木じゃん!」


 後ろから聞きたくない声が聞こえる。全速力で廊下を走ると逆に目立ったのか、成宮にすぐにバレたみたいだ。
 でも私はスピードを緩めない。昼休みに成宮に捕まったが最後、午後の授業が始まる直前まで身柄を拘束される。要するに離してもらえない。

 私は呼びかける声を無視して廊下奥の階段まで突っ走る。さて階段を上がるか下がるか。上がっても3年生のクラスばかりで教室前の廊下は混雑している可能性が高い。そうなると下か。

 階段を下りると決めて足を踏み出した、その時。後ろからガッ、と腕を掴まれた。


「運動部でもない帰宅部の立木に追いつけないワケないよ!」


 振り返らなくても分かる、同学年の男子の中でも少し高めの声。しかも我儘、上から目線の発言は――。


「…成宮、今日くらいはクラスの友達と一緒にいたらどうデスカネ?」


 今日は早々に捕まえられた、ので私は観念した。ここで腕を無理矢理引き剥がして逃げてもいいけれど、体力では流石に成宮には敵わない。だからいつも見つかる前に逃げてたのに。


「俺は野球で忙しいって言ってんでしょ!だから貴重な休み時間をぬって立木に会いにきてんのにさあ!」

「だから、の意味が分かりません。忙しいんだったら私にわざわざ会いに来なくてもいいんじゃない?」

「クラスの奴らとはいつも顔合わせてんだからいいの!とにかく行くよ!」

「…行くって何処に」

「2人になれるトコ!!」

「いーやーだー!!いつも言ってるけど何で私なのー!?あんたなら女なんてよりどりみどりでしょ!?」


 毎日学校で繰り返される押し問答。いくら拒否しても成宮の態度は変わらない。私はもう限界を迎えていた。


「…ちょっと来て!!」


 私は逆に成宮の腕を掴むと、誰も来そうにない裏庭へと向かった。成宮は私が折れたと思って嬉しそうにしている。

 今日こそこの関係に終止符を打つんだから!!







 裏庭に着くと、私は成宮から腕を離して仁王立ちで向かい合った。周りには誰もいない。よし。


「私はこういう一方的な関係もう嫌なの!」


 成宮はいきなり私が大声を張り上げた事に驚いたようできょとん、としている。


「…成宮はピッチャーでしょ!?球投げたら受け取る人がいないと成り立たないでしょ?私はあんたのキャッチャーでも無いし、成宮の行動を受け入れる気も無い!今の私に対する成宮は、キャッチャーがいないマウンドで剛速球のストレート投げてるようなもんなんだよ!」


 私は一息で、成宮に言いたい事を言い放った。はあはあいってる私の目の前で、成宮はまだ呆然としているままだ。


「…私の言ってること伝わって無いの!?」


 今までいくら言っても無駄だったから、成宮に分かりやすいように野球に例えて言ったのに。


 すると今まで沈黙を保っていた成宮が、くすくすと笑いだした。


「…立木も俺の気持ち分かってないじゃん」


 笑っているけど、成宮の目はいたって真剣だった。


「…え?」

「そうやって色々言われてる間も、俺は立木に惹かれてんだもん」


 成宮の言葉を聞いた途端、私は1歩後ずさった。


「…あんたMなの?」

「俺の事カッコいいとか言ってくれる女の子は当然いっぱいいるけど、立木みたいな子っていないんだよ」

「……」

「何だかんだ言って、いつも俺の相手してくれるじゃん。逃げ回っても、俺に言いたい事言って結局一緒にいてくれるでしょ?」


「それは、成宮が強引に――」

「それに俺、立木に嫌い、って言われたこと無いし!」


 私はその言葉に目を見開いた。

 私は、成宮が、嫌い――??


「俺の事嫌いじゃないならさあ、俺とバッテリー組んでよ!プライベートの」


 私はその場に膝を抱えてうずくまった。そういえば成宮の強引なペースについて行くのがやっとで、成宮への気持ちなんて考えた事無かった。


「俺、立木が逃げるからさ、追いかけてただけなんだけど!」


 成宮も同じように地面に膝をついて、私と目線の高さを合わせた。


「立木がキャッチャーやってくれたら、全ては解決するんじゃない?」


 私は顔を上げて、イヒヒと笑ってる成宮を睨んだ。顔は真っ赤だと思う。しかし全てを自分の都合のいいように運ぼうとする俺様気質はどうにかならないのか。

 でもその成宮だから、私が逃げ回る事になったんだけど。



 成宮に、捕まらないように。






(50000HIT記念リクエストより:嫌がるヒロインにひたすらまとわりつく鳴)

2015.1.12



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