06


 私の目の前では白熱した試合が繰り広げられている。

 気温が熱いのか、自分が熱いのか。高校野球では異例である神宮球場の外野席が開放され始めたのを遠目で見つめ、私は視線をマウンドへと戻した。高校野球選手権西東京大会決勝戦は、稲実と青道というカード。昨年は鳴に「見に来い」と言われて来たけれど、今年は自分の意志で、1人で観戦に来た。誰に言われるまでもなく決勝が稲実と青道、と分かった瞬間に「見に行こう」と自然と思った。

 青道の1年生投手、降谷くんのピッチングに驚かせられながらも、私は鳴と御幸から目が離せない。1年前とは遥かに違う、プレイする姿。私が過ごしてきた1年と、2人が過ごしてきた1年は全然違うものだということをひしひしと感じさせてくれる。


 試合が始まるまでは、自分でもどちらを応援するんだろうと考えていたけれど、今はそんな杞憂も吹き飛んでいた。とにかく目の前の試合に夢中で、鳴がいるから、御幸がいるからという私の浅はかな考えはすぐに消えた。


 それにしても鳴は圧巻の投球を見せる。……高校時代の涼くんと比べても……鳴の方が上なんじゃないか。頭の中で鳴のしたり顔が浮かんで、少しイラっとした。
 天狗で我儘で自己中な鳴だけど、野球の前では素直で真摯だ。野球部の人は皆そうだと思うけれど。

 ──今グラウンドにいる選手達は、とても眩しい。








 その白熱した試合もいつか終わりを迎える。
 鳴が振ったバットから鮮やかな金属音が聞こえ、グラウンドに膝をついてガッツポーズをしている鳴を見た時私の意識が現実に戻された。スタンドのあちらこちらから様々な声が聞こえてくる。歓喜や悲鳴、溜息、泣き声。

 私はそのどれも発すること無く、静かにグラウンドを見つめ続けていた。
 試合終了のサイレンが鳴り、選手が退場するまで。






 



 観客席のスタンドを下りると、両校共応援してくれた人に向けて挨拶をしていた。止まらない拍手と歓声。私は自然と青道の選手達に目を向けていた。

 
 御幸が、今まで見たことのない表情をしていた。


 その顔を見た途端、声をかけようかと思った。何て言葉をかけていいのか全く分からない。ねぎらいの言葉も、励ましの言葉も軽々しすぎて出てこない。でも御幸に伝えたかった。今日の試合見に来てたんだよ、という私の勝手な意思表示を。


 私の足がゆっくり青道側に動き始めた時、後ろから声がした。歩みが止まる。




「澪!!」

「……鳴」


 聞き覚えのある声に振り返ると、鳴が満面の笑顔でこちらに走ってきた。顔は土やら涙やらでひどいことになっている。


「見に来てたんなら言ってよ!勝ったぜ、まあ当然だけど!」

「……おめでとう、鳴」


 稲実は応援団への挨拶がすでに終わったようで、皆思い思いに喜びを分かち合っていた。
 私はカバンからタオルを取り出して、くす、と笑いながら鳴に差し出す。


「ぐっちゃぐちゃだよ、顔。良かったね」

「うん!──次は甲子園で全国制覇!」

「……頑張れよー、東京代表エース」


 私のタオルで顔を拭っていた鳴の顔が、「エース」と言われた途端ニヤケた。単純だ、本当に。


「澪―!来てたの!?声かけてくれれば良かったのに」

「──響子ちゃん」


 稲実の家族席にいたのにー、と口を尖らせながら鳴の姉の響子ちゃんも私に寄ってきた。
 私は苦笑いだ。


「ごめん、見に行くって言ってなかったから迷惑になると思って」

「何でよー、迷惑な訳ないじゃない。……あ、鳴。キャプテンの原田くんが呼んでるよ」


 原田、という名前が出たら鳴の顔がむぅ、と膨らんだ。


「えー、雅さん?しょうがないなあー……じゃあ澪またなー!」

「うん、甲子園頑張って」


 呼ばれて不機嫌顔になったと思ったら、また笑顔が戻った。優勝したから、今は何やっても嬉しいんだろうな。

 私が鳴にバイバイと手を振っていると、横で響子ちゃんが呟いた。


「……今回結構プレッシャー感じてたみたいだから、あの子」


 響子ちゃんの横顔が弟を見守る顔つきに変わった。


「……鳴が?」

「……去年の甲子園で暴投してから一時期不安定だったみたいだから。あんな調子で周りに弱味を見せないからね、──優勝できて良かった」

「……うん」

「あ、澪。もうすぐお母さん達来るから、逃げてた方がいいかも。鳴の自慢話延々聞かされるから」


 響子ちゃんが思い出したかのように慌てた。鳴のお母さんと一番上のお姉さんは相当な鳴贔屓で、何回かしか会ったことのない私でさえ強烈なインパクトが残っている。末っ子長男で年の離れた姉弟だからか、とにかく鳴を甘やかしている……印象がある。鳴もそれが日常だったからか、我儘放題が当たり前だと思っているふしがある。響子ちゃんが家族で唯一鳴の手綱を引いている状態だ。


「……響子ちゃん、ごめん、帰ります」

「うん、そうしな。鳴の応援ありがとー」


 ……鳴の応援、だけじゃなかったけど。


 響子ちゃんに手を振って別れの挨拶を済ませた後、私は後ろを振り返った。




 青道の選手の挨拶は終わっていて、選手達──御幸も、いなくなっていた。









2014.12.2




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