05
「──あ、御幸載ってる」
甲子園大会も終わり、残暑と秋の気配が入り混じるようになった頃。自室で毎月買うようになった野球雑誌に目を通すと、高校野球のページに見知った顔を発見した。中学の時はしていなかったスポーツサングラスを着けた御幸の練習風景写真の見出しには、『青道の救世主となるか、1年生捕手』と書かれてあった。
すごい、全国誌で紹介されてる。
御幸に「雑誌見た」と、久し振りにメールでもしてみようかなと思ったが、携帯のメール作成画面を開いた途端動きが止まる。
……もし御幸に彼女がいたら、彼女さんがいい気しないよね……。
中学を卒業して半年経ったが、高校に入ってから御幸と連絡を取ったことは未だに無かった。学校も違うため普段会わないので、御幸の現在の状況がよく分からない。観に行った夏の大会では、御幸の打席になると遠くから女の子の叫び声が聞こえたので女子人気はあるんだろう。中学の時とは違い今では強豪高校のレギュラーだし。
御幸とは友達だから遠慮しなくてもいいのに、これだけ接していないと距離の取り方が分からなくなる。中学の時のようでいいのか。いや、でも彼女がいた場合、御幸が知らない女と連絡取ってるって分かったら彼女が嫌だよなあ―とか。じゃあ御幸に聞いてみればいいと思っても、メールでそれだけ聞くのか?と自分で自分にツッコむ。最近はいつも1人で自問自答を繰り返して我に返る──という、自分でも何やってんだと呆れるばかりで、一向に御幸と連絡が取れないままだった。
雑誌の御幸を見つめながら、明らかに距離が遠くなったなと感じる。少し寂しいけれど、それだけ野球で結果を残してるという事だから友達として喜ばしい。ただ私が御幸よりも成長していなくて、置いていかれるような感覚が悲しいんだと思う。
私も、もっと頑張らないと。
雑誌もメール作成画面も閉じて、私は勉強机に向かい教科書とノートを広げた。
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ふとした時に、思い出すことがある。
寮である先輩の彼女話を聞いた時とか、グラウンドに向かう時に下校してる女子の集団を見た時とか、学校や寮で彼女はいないのかと聞かれた時とか──本当に取るに足らない瞬間。
あ、あいつ元気でやってっかな、と思う。
1年前に早川と青道で会った時も、立木の事が頭に浮かんだ。あの時は高校に入学してそんなに経っていなかったからかもしれないけど。
高校生活も2年目に入り、立木とは全く会ってないし連絡を取ってもいない。青道の野球部に入って生活をするということがこんなにハードとは、覚悟はしてたけど想像以上だった。授業の休み時間でもスコアブックを開き、分析と向上に努める。常に野球漬けの毎日だ。それが嫌な訳じゃない、むしろ熱中してる俺がいる。──ただ、野球以外の事が入れるスペースが俺には無いだけだ。
高2になって後輩もできると、益々責任感と重圧が増す。捕手は自分の練習に加えて投手野手との連携と、後輩投手の指導も入る。……この後輩が曲者ばっかりで手に負えねーけど、色々と飽きないからまーいいか。
──立木が元気で楽しくやってんなら、それでいいんだ。
俺達は、2年目の夏の甲子園をかけて、明日決勝戦を迎える。
「うーっす、入るぞー」
俺の部屋に次々と部の奴らが入ってきた。倉持を筆頭に、先輩の哲さんや純さん達まで。しかし男がこうも部屋の中で何人もひしめき合ってると、むさ苦しくて敵わねえ。
「あ、今沢村が降谷とパシリ行ってっから、その間に携帯チェックすんぞー!!」
倉持が後輩の沢村がいないことをいいことに、沢村の携帯を開いてメールの受信BOXをチェックし始めた。……こいつはこーいうことになると凄まじい瞬発力だな。倉持の後輩じゃなくて良かった。
倉持が「若菜」と連呼している。どうやら沢村の彼女らしく、皆沢村の携帯を覗き始めた。
「あ〜!俺のケータイ、何勝手に見てんすか!!」
「あ!」
戻ってきた沢村が抗議の声を上げた。俺以外の奴らは全員沢村をからかって楽しんでいる。写メ撮ったりプロレス技かけたり。
……俺は、違う事を考えていたけど。こいつらにバレると面倒だから言わねー。
その後ゾノ達も来て収拾がつかなくなったので、先輩含め皆を自分の部屋に帰させた。
すると倉持が、俺を見て合図を送っている。「ちょっと外出て来い」と。
俺は仕方なく、重い腰を上げた。
「……いよいよ明日だな」
誰もいない寮の自動販売機付近のベンチに2人で腰掛けると、倉持が呟いた。
「おう」
「いや、明日には関係ねーんだけどよ、ちょっと気になってたことあって」
「……何だよ」
「……さっきさ、沢村の彼女の話あっただろ?」
「なに倉持、お前沢村の女狙ってんの??」
「ちげーよバカヤロ!!お前の女はどーなってんのかよ、って話だよ!」
いきなり落とされた爆弾に目が点になる。
「は?」
「1年前にさ、お前と同中の女子が来ただろ、グラウンドに。そん時話してた女の事だよ!なーんか結構ひっかかってて覚えてんだよな」
こいつ、相変わらず鋭いよなー……。
ちょうどさっき立木の事思い出してたから、見透かされたのかと思って焦った。
「……で、何が言いたいんだ?ちなみに言うと、彼女じゃないケド」
「……本当にそーかよ。今そーゆー関係じゃないだけじゃねえのか?……あん時見たお前の顔が、只の友達に対しての表情とは思えねーんだよ」
さっきまでの俺に挑んでくるような態度とは一変して、倉持の顔はヒャハ、と面白がるような表情に変わった。
「……俺に何て言ってほしーんだよ」
「え、好きなのかそうじゃねえのか」
俺はふー、と息を吐いた。こいつには今はぐらかしたところで、この先ずっと追及されそうな気がするからなー。
「……正直言うと、よく分からねえ。今は野球のことしか考えられねーし」
「……まあ、そーだよな」
「……立木は中学の時から見てきたから、大事だよ。……幸せであって欲しいと思うし。他の男が立木を大切にしてくれるんなら、俺じゃなくてもいいんじゃねーかなって。俺は野球ばっかだからなー」
「!!御幸、お前──」
「はい、もう俺は正直に喋ったからこの話やめよーぜ。明日集中すっぞ、倉持」
「……おー」
じゃー明日な、と言って俺は自室に戻った。倉持と喋っている内に自分の心情が見えてきたことにかなり動揺していた。
立木に対してのこの気持ちは恋愛感情なのか、確信が持てない。
それに今は、野球のことしか考えられない。
「……それは恋を通り越して、愛なんじゃねーのか……?」
相手が幸せなら、自分はいいなんて──ひとり残された倉持は呆然と呟いた。
2014.11.28