04


『次の準決勝観に来てよー、澪ヒマだろ?』


 夏休みに入ってすぐの夜10時過ぎ、携帯が鳴った。名前を登録している電話番号だったので携帯の画面を見れば誰からか分かった。……出たくはなかったけど、これを無視しているとまたかかってくる。私が出るまで何度も。それも非常に面倒くさいので渋々通話ボタンを押したら、挨拶も無しに聞こえてきた言葉がこれだ。


「……響子ちゃん達、観に行くんでしょ?じゃあ私行かなくていいじゃない」

『えぇ〜、応援は多い方がいいでしょ!澪に観に来て欲しいんだよ!』

「……何で。鳴のファン沢山いるって聞いたよ、女子高生に野球部のお母様方。十分じゃん」

『もー、とにかく来てよ!俺2番手なんだよ、試合出るから!』

「……へー、すごいじゃん。稲実1年で2番手ピッチャー、て」

『そー思うんなら観に来てよ!』


 鳴が凄いのは知ってたけど、もうレギュラーなのか。都内ナンバーワンと言われている稲実で。……さてどうするか。けれど返事の前に私には1つひっかかる事があった。


「鳴なら『俺が優勝する決勝を観に来い』って言うかと思ったんだけど、何で準決?」

『……負けられない相手がいるんだよ。そいつはレギュラーかは分からないけど、ね』

「準決の相手ってどこ?」

『……青道!!じゃ、澪絶対来てよ!』


 ツーツー。鳴は自分の用件が終わったらすぐに電話を切った。あの野郎。
 でも切ってくれて助かった。鳴の次の対戦校を聞いて、私は少し動揺していたから。

 青道かあ。御幸はレギュラーなんだろうか。

 鳴が言っていた『負けられない相手』はもしかして御幸なんじゃないだろうか、と思った。シニアで対戦したことありそうだ、あの2人。


 相手が青道、って聞いて、行ってみようかなって思ったのは事実だ。……御幸がどうなってるのかも気になる。そうだよ、友達が出るかもしれないし。


 次の試合を観に行くことに決めた私は、菜々美に電話をかける。1人で行ってもいいけど、響子ちゃんに見つかったら無理矢理稲実側の応援席に座らせられそうで怖い。友達も一緒なら少しはその状況を回避できそう……な気がする。


 3コール音の後、菜々美が電話に出た。私は次の土曜日に稲実―青道の野球の試合を観に行かないか、と誘った。

 ……菜々美は野球に興味ないからなあ、と思いながらもダメ元で。しかし返事は予想外のYESだった。


「……いいの?」

『いいの、って澪が誘ったんでしょ』

「いや、菜々美野球興味ないでしょ?ほぼダメ元だったんだけど」

『……興味ないことは無いから大丈夫』

「えっ、そうなの!?意外……。いつ野球に興味持ったの」

『え!?……まあ、最近よ。じゃあ澪、土曜ね』


 菜々美の返答はイマイチ腑に落ちなかったが、まあ興味があるならいいかと思いながら携帯を置いた。












 土曜日。試合開始時刻には少し遅れたが球場に到着した。


「どこ座ろうかなあ」

「稲実側でいいんじゃない。知り合いが投げるんでしょ?……成宮くん、だっけ」

「えー、青道にも御幸いるじゃん」


 2人でぶつくさ言いながら観客席があるスタンドに向かうと、得点と両校のオーダーが前方の電光掲示板に表示されていた。

 私は驚きを隠せなかった。


「……御幸、試合出てるよ」

「え、マジ?」


 私は菜々美に電光掲示板を指差しながら呟く。


「青道、キャッチャーいないのかな……」

「……そんな事無かったと思うけど」

「え??」

「え!?な、何でもないわよ。早く席座ろ!」


 私達は結局バックネット裏の席に座った。周りには他校の野球部員であろう人達もいて、色んな制服の高校生が座っていた。


「……にしても神宮久し振りだー」

「澪来たことあんの?」

「うん、涼くんが試合した時以来だけど」

「あ、そっか。お兄さん甲子園行ったんだっけ」


 私は涼くんが投げてた時を思い出していた。球場の熱気は、時が経ってもやっぱり変わらない。


「菜々美、御幸って正捕手なのかな」

「うーん、どうだろねー」

「……だとしたら、大変だろうね」


 稲実の攻撃、御幸は本塁の後ろでピッチャーの球を受けていた。まだ1年だけど、まともに勝負出来てる。御幸の顔は見えないけれど、私は御幸が受ける重圧を考えて顔をしかめた。
 ピッチャーのリードに、グラウンドの監督のような役目。キャッチャーは誰でも務まる訳じゃない。しかも1年で、夏の甲子園出場を決める大会だ。

 ……でも御幸は苦しい時でも楽しみを見つけられる奴だ、と思う。何だかんだ言っても試合を楽しんでるんだろうな。

 私は心の中で「御幸頑張れ」と祈った。



『──選手の交代をお知らせします──』


 稲実の攻撃が終わった直後、アナウンスが流れた。


「……鳴だ」

「おー、噂の成宮くんね」


 意気揚揚とマウンドに上がる鳴に笑みが零れる。早く投げたくてウズウズしてるのが丸分かりだ。鳴のピッチングを間近でみるのは初めてだった。



 回を重ねても青道は鳴から点を取れない。私達の周りでも他校の野球部員が鳴のピッチングの凄さを話している。「成宮ヤベーな」と。

 ……これは益々天狗になること間違いなしだな、と私は軽く溜息をついた。


 青道にもバッティングの怪物といわれる身体の大きい選手もいたみたいだけど、結局鳴から点を取れなかった事が決め手となり青道は負けた。


 私は鳴にも御幸にも声はかけずに帰った。特に御幸には何て声をかければいいか分からなかった。


 私は明らかに、鳴より御幸を応援していたんだ。






2014.11.25




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