03
6月も半ばに差しかかろうとする頃、私はとある高校の校門前で立ちすくんでいた。校門にはでかでかと『青道高等学校』の文字。来てしまった、ついに。しかも澪には内緒で。
澪も一緒に来るとなると、御幸に彼女がいるかどうかチェックを入れるのが難しくなる。それに澪のことだ、「どうして青道に行くのか」と深く追及されるに決まってる。別の友達を誘っても良かったけど、これで御幸にキャーキャー言うような事態になっても困りものなので1人で来ることにしたのだ。
遠くで小さくカキーンカキーンと音が響いている。野球部が練習してるって丸分かりだ。その方向に歩いていけば今回のターゲットがいる。他校の制服なので目立つかと心配だけどここまで来ればしょうがない。……何で私はここまで必死なのか一瞬我に返ったが、もう深く考えない事にした。自分の好奇心が満たされればそれでいいと。
歩いて行くと金属音が強く聞こえるようになった。それに交じって野太い男の声。もう着くな、と確信を持ったと同時に私の目に広いグラウンドが飛び込んできた。
ひ、広っ!!
しかも二面もあんの!?
所在無げにゆっくり歩を進めると、まず部員の数に圧倒される。100人はいるんじゃないか。しかも練習の気迫に気圧される。わ、私と同世代だよね、この人達……。
その中でも一際身体が大きく、とても高校生に見えないおっさんみたいな部員を発見した。しかもめちゃくちゃ打ってる。……本当に高校生?年齢詐称してんじゃないの、と心の中で突っ込んだ。とても口に出せる雰囲気じゃない。
しばらく歩いていたら練習風景が一番よく見えるところを発見した。しかもそのエリアにはすでにギャラリーが陣取っている。おじさんから女子高生であろう若い女の子までさまざま。他校の制服を着てる女子なんていくらでもいる。……今日って通常練習だよね、それなのにこんなにギャラリーがいるのか。
しかも女の子は思い思いに声援を送っている。知らない名前に交じって「御幸くーん頑張ってー」なんて声が聞こえた。御幸に対する声援が一番大きく響く。
あいつ、中学の時よりモテてんじゃないの!!
しかも入学して数ヶ月しかたってないのに!
物凄い不快感が身体を支配する。このイライラはしばらく治まらない。私も御幸ファンと一緒くたにされたくないので、少し離れたところでグラウンドを覗くことにした。
野球に無関心の私が傍から見ても、練習が厳しい事がよく分かる。こんな中で御幸はやってんのかと思っていたら、私の視界に御幸が入ってきた。決して私から見ようとした訳ではない、断じて。
御幸ファンの子達が御幸がよく見えるポジションにいるので、私は今まで御幸がどこにいるか分からなかった。おーおー、頑張ってるじゃないの。
御幸はシニアでもかなり上手いって澪から聞いてたけど、流石に強豪高校の中じゃ霞むんじゃないか。世の中そんなに甘くない、でしょ。
……意外と練習って見てて飽きないもんなのね。
しばらく練習に注視していたら休憩を告げる声がグラウンドに響く。その直後グラウンドから出てくる部員がぞろぞろと。ファンの子達の声が先程より大きくなった。出てくる部員の中に御幸の姿もある。
……さて、どうするか。ここで声をかけないと練習終了後までここにいなきゃいけない可能性が高い。それは御免だ、帰りたい。
「……御幸!」
自分でも少し緊張していたのか、大声に力が入り過ぎててやけにその場に響いた。御幸以外の部員の方々もこちらに注目する。うっ、最悪だ。しかもやたらとミーハー女子達の視線が痛い。別に私は御幸狙いじゃありませんから安心して、と叫びたくなった。
「……早川じゃん、どーしたんだよ」
御幸が私に気付き、こちらに寄ってきた。こいつ私の名前知ってたのか、と少し驚く。澪と御幸はよく接してたけど、私とは喋ったことなんて数える程しかなかった。
「……久し振り」
「おー。それ高校の制服?なんか中学の時と違うから変な感じすんなー」
近くで久々に見る御幸は今までとは少し雰囲気が変わったような気がする。なんか力強くなった?よーな。しかもスポーツサングラスをかけているのを初めて見た。それが中々様になっていてまた腹が立つ。
「おい!御幸!その女お前の彼女かよ〜?」
聞き捨てならない言葉がすぐ側で聞こえたので、私はその発言をした奴の方に向き直って怒鳴った。
「気色悪いこと言わないでよ!!」
「ヒャハハ、御幸嫌われてんじゃん」
御幸の隣に立ったその男は御幸を指さして笑っている。誰よこいつ。
「御幸!何このヤンキーは」
「こいつは倉持。俺らとタメ。足が速いヤンキー」
「もうヤンキーじゃねえ!訂正しろ!……てか御幸の女じゃなかったらここに何の用だよ」
私ははた、と我に返る。……結構状況判断できる奴じゃないの、このヤンキー。……しかし、この状況からどうやって今回の任務を果たすか。倉持くんとやら、本題を思い出させてくれて感謝するけど貴方微妙に邪魔なんだけど。
私が考えあぐねていると、御幸が私をじーっ、と見ている。どこ見てんのよ。御幸は私の顔を見てないから視線が合わない。
「……その制服ってことは立木と高校同じなんだよな。……立木、元気?」
まさか御幸自ら本題を持ち出してくれるとは。しかもさっきまでと声のトーンが違うように聞こえたのは私の気のせいか。少しばかり優しく聞こえた気がする。
御幸の表情が少し緩んでいる。微妙な違いだけど、中学の時から知っている身だからこそこの差が分かる。
ヤンキー倉持くんも御幸の様子の違いに気付いたのか、御幸を凝視している。……勘がいいみたいね、ヤ…倉持くん。
「……気になる?澪のこと」
思い切って直球をぶつけてみる。さあ、御幸はどうでるか。
「え、まあ友達だしな!てかお前ホント何しに来たの?暇なの?」
先程までの雰囲気が一転、ニシシと笑い出す御幸に私の怒りの沸点が最高点に達した。
「今日はバイト無いから来ただけ!!あんたのその、人をおちょくってる感じが腹立つのよ!!」
私が御幸と合わないと感じる理由がこれだ。核心に触れようとするとはぐらかされる。肝心なところが掴めない。御幸独特のペースに引き込まれる感じがすごく嫌なのだ。
私が思いのたけをぶつけると、ヒャハハと甲高い笑い声が耳に響いた。
「御幸が腹立つヤローだってのは同感だぜ!分かってんじゃねーかお前!」
「気が合うわねヤ……倉持くんとやら!あとお前じゃなくて早川!」
こんなに怒り狂ってても御幸の態度はヘラヘラしてるままだった。もーいい、帰ろう。
落ち着こうとしているとタイミング良く御幸が先輩に呼ばれた。じゃーなー、とひらひらと手を振って御幸が去っていく。
……てか、倉持くんと2人にされても困るんですけど。
思い切ってこの人に聞いてみようか。
「……御幸って彼女いるの?」
「え、やっぱり御幸狙いなのかよ、あんた」
「違うわよ!冗談でもホントやめて」
「……いねーよ。つーか、俺らに彼女つくってる余裕はねえ。毎日部内での生き残りに必死だし、1年で彼女いる奴なんていないぜ。そんな暇あるならトレーニングしてるしよ」
「……分かった。ありがと」
急に真面目に語り出した倉持くんに少し驚いたけど、真実だと思った。倉持くんに礼を言った後、私は元きた道を戻って帰る方向に歩き始めた。
練習を見てても、よく分かった。部員達はファンの女の子がキャーキャー騒いでても誰もそちらを見ようとしない。目で追ってるのは常にボール。
そんな真摯な姿に、心が洗われた気持ちになった。……ほんの少しだけだけど。
「あれ、早川帰ったの」
「おー」
「……ホントに何しに来たんだ?」
「……知らねー」
2014.11.20