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「う〜、やっぱ寒ぅ!」


 澪が車を降りるなり、声を上げた。
 シーズンオフの間は澪の所で滞在すると決めたのがつい最近のことの様に感じるが、楽しい時間はあっという間に過ぎる。
 もうすぐ春季キャンプが始まる。プロ野球シーズン開幕の準備をしなければならない時が迫っていた。

 今夜は澪の誘いで、夜景が綺麗な穴場スポットらしい展望台へ来た。雪は降っていないが、寒さのせいか俺達以外は誰もいない。


「時期が時期だけに冷えるね。一也は平気?」

「おー。事前に言われてたし着込んでるし。言い出しっぺの澪の方がヤバそうじゃん」

「大丈夫ー。先輩から聞いて1回来てみたかったんだよね。流石に1人で来ようとは思わなかったから」


 そう言うと、澪はポケットに手を入れたまま、風を受けながら前へと歩き出した。
 俺は分厚い上着のポケットに手を突っ込み、入れてる物を触って確認する。
 澪の少し後ろから、俺もついていった。


「わー……」


 小高い丘の上から、目の前に広がるキラキラとした光の集合体。空気が澄んでいるためか鮮明に見える。
 都会の夜景の密度には適わないが、景色も相まってとても綺麗だ。
 澪の感嘆の声と共に漏れた息が白く広がる。

 隣に立った俺に「キレイだね」と言った澪の横顔に、俺は決意を固める。


「あのさ、澪」

「ん?」

「えーと、あの」


 言いたいことがすんなり口から出てこない。事前に何回もこの状態を思い描いていたはずなのに、ただポケットの中のそれを握りしめるだけで口が固まる。

 不審に思ったのか、俺を覗き込んだ澪は少しばかり凝視した後、俺の服の袖を掴んだ。


「もう見れたからいいよ。車戻ろっか」

「──え?」

「一也が体調崩したら悪いし。やっぱり今日は寒かったよね」

「いや、違うって!」


 思わず大きな声を出してしまったので、澪は驚いている。
 俺は今日絶対に言う、と決めているのでまだ戻りたくない。

 野球のペナントレースや国際試合でもこんなに緊張したことはないのに。

 俺は大きく息を吐いた後、澪と向かい合った。


「ごめん、澪。聞いてほしいことがある」

「う、うん」

「あの、さ」


 俺は澪のポケットに入っていた手を取り、軽く握った。温かい。
 ──なのに。

 ──何でこの後の言葉が出てこないんだ。

 沈黙が続く。
 ここまできて言うことが出来ない、あまりにもヘタレ過ぎる自分に思わず肩を落とすと、澪はふ、と笑った。


「ごめん、遮って。今ね、高校の時のこと思い出した」

「え?」

「一也が球団の寮に入る前に、公園で会った時のこと。覚えてる? あの時も、一也がなかなか喋らなかったよね」


 俺の意識は一気に巻き戻った。
 あの時は、澪に「好きだ」と言いたくて──。


 澪は「懐かしいな」とくすくす笑っている。

 過去の自分にも、背中を押された気がした。


「今、急に思い出して──」
「澪」


 同時に言葉を発したけど、ここだけは譲れなかった。




「──俺とこれからも、ずっと一緒にいてほしい」

「……え」

「俺と、結婚してほしい」



 「……んだけど」と少し間を置いて付け加えた。
 目の前の澪は口を少し開けたまま、何も発さず固まっていた。
 その隙に、用意していた物をポケットから取り出す。
 手の平サイズの箱を澪に見せると、俺はそれを開けた。ぱか、という軽い音が響く。
 中の物を見て、澪はようやく反応し始めた。


「え、っ……え!?」

「手、出して」

「えっ、ちょっ、待っ」

「──イヤ?」

「い、嫌じゃないけど、待って、頭が回らない……」

「じゃー着ける」


 中身が空の箱をポケットにしまうと、動揺したままの澪の左手を取り薬指にはめる。


「──うん、似合う」


 想像通りで満足していると、澪は自分の左手を見つめた後、俺にその手を突き出し慌てだした。


「こ、れ、大きいんだけど!」

「え? サイズぴったりじゃん」
 
「ちが、う、石! たっ、高いのでしょ!?」

「いや、そうでも──もっとデカいのあったし」

「え──! 私にはもったいないって……これに見合う人間じゃない……」

「そんなことねえって」


 俺は若干震えている澪の左手を包むように握った。澪が俺の顔を見る。


「返事は?」

「あ……」

「ちゃんと聞きてえんだけど」


 俺の言葉の後、少し黙った澪は俯きがちに口を開いた。


「──後悔してもしらないよ」

「しねーよ」

「結婚した後で、別の人や女子アナさんや芸能人が良かった、って思うかも」

「それはならない自信ある」

「……じゃ、じゃあ、こんな私で良かったらっ……」


 涙声になった澪を思わず覗き込む。


「ずっと隣を歩けるように頑張るんでっ、よろしくお願いします……!」


 「嬉しい」とか「ありがとう」じゃなくて、いかにも澪らしい言葉に吹き出してしまった。
 冷たい風が吹き抜ける。
 言葉の最後で泣きが上回ってしまった澪を、思いっきり抱きしめた。


「もう、顔も髪もぐっしゃぐしゃ……!」

「はっはっは! あ〜すっげー緊張したわ〜」


 俺を小突きながら涙を流す澪の髪を撫でながら、俺は盛大に息を吐いた。


「こんなに長い付き合いになるなんて、思ってもみなかったな」











 前に上石さんに告白された時に言われた言葉が蘇る。

『彼と付き合っている限り、一生そんな思い抱えて生きていくの?』

 一也達と焼肉を食べに行った後、菜々美に「好きって気持ちだけで一緒にいていいのかな」と相談した。

『それ以外になにがあるのよ』


 色んな人の言葉が頭を駆け巡るけれど、私はやっぱりこの人の隣にいたい。

 その気持ちさえあれば、どこまででも頑張れる気がする。


 私も、中学生の時の出会いからこんなことになるなんて思ってなかったよ。



 友達から、恋人へ。

 恋人から、生涯の──


 ありがとう。
 そして、これからも──






END 









お読み頂きありがとうございました! 後書き

2019.1.11




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