21


「澪、ストップ!」

「──え?」

「サラダの野菜焼こうとしてる」

「……あ」


 手元に目を向ければ、サラダ用のトングに挟まれたレタスや水菜が今にも鉄板の上に落ちそうになっていた。
 焼肉用の野菜とサラダ用の野菜を、取り間違えていた。
 声をかけてくれた菜々美に礼を言う。


「ごめん、ありがと。ボーっとしてた」

「大丈夫かよ。──疲れてる?」


 隣で、一也が箸を止めないながらも軽く私の顔を覗き込み聞いてくるので「そんなことないよ」と返した。


「菜々美と会うのも久しぶりだし。しかも倉持くんも一緒なんて」


 私と向かい合う形で座っている菜々美と倉持君に目配せすると、隣り合っている二人同士は目も合わせない。照れ隠しの仕方が同じで思わず笑ってしまった。

 今日の焼肉は一也から誘われた。元々都内で倉持くんと行く予定になっていたようで、私も誘われた後、予定を合わせて帰省した。承諾した後にじゃあ、と私が声をかけるまでもなく、すぐに菜々美から連絡が入った。
 私よりも彼氏からの連絡の方が早かったかと、ちょっと悔しかった。


「まーさか倉持と早川がそんな仲になってるとはな」

「──知らなかったの?」


 私は菜々美から聞いて知っていたが、一也はちょっと面白くない表情をしながら肉を焼き始める。「誰がお前に言うかよ」と軽く一也を睨んだ倉持くんは、目つきとは裏腹に顔が赤くなった。


「澪が俺に教えてくれればいーのに」

「菜々美から言うなって口止めされた」

「お前ら……」


 1人だけ蚊帳の外だった一也が一瞬悲しそうな顔を見せたので、何か可愛く見えて思わず吹き出してしまった。


「今日は俺らの中で一番稼いでる御幸のおごりっつーことで来たんだからよ」

「ゴチになりまーす」


 一也に構わない倉持くんと菜々美の息の合ったかぶせ方に、一也はそれ以上何も言えなくなった。
 一時固まっていた一也も、また食べるのを再開する。


「澪とは電話はちょくちょくしてたけど、会うのは久々だもんね」


 表情が緩んだ菜々美に私は頷くと、菜々美は倉持くんが取ろうとしていたお肉を鉄板からさっと奪う。
 「おい」と言った倉持くんは無視して菜々美は続ける。


「御幸に乗っかるわけじゃないけど、何かキツイの? 仕事?」

「ん? ホントに別に……」

「また誰かに言い寄られたとかー?」

「えっ……」

「「「え」」」


 思いがけない一言に返答出来ずにいると、3人が一斉に私に注目した。
 沈黙を肯定ととった菜々美が軽く息を吐く。


「……で?」

「……ちゃんと断ったよ!」

「どんなヤツから告られたの」

「えーっ、と……担当してた患者さん」


 菜々美の有無を言わせない眼光に怯んだ私は、正直に言った。隣にいる一也の顔は怖くて見れない。斜め前に座っている倉持くんは黙ったままだった。
 菜々美が口を開こうとした時、私のカバンから振動音がした。中から取り出したスマホの画面に表示されているのは職場の先輩の名前。


「ごめん、職場からだ。ちょっと出るね」


 いづらい空気を断ち切るように立ち上がると、部屋から出た。一也は個室を予約してくれていたからその場で電話に出てもよかったが、仕事の用件だとはばかられると思ったのと、帰ってきた頃には話題が変わってたらいいな、と少し期待も込めて。









 澪が出て行った後、目の前の2人が同じ目で俺を見ている。
 何か言いたげで──言いたいことは何となく分かるけど。


「同じ顔してるけど。お前ら」


 はははと軽く笑おうとしたら、早川が倉持の皿に焼けた肉を入れながら低い声を出した。


「……アンタ、澪とこの先どう考えてんの」


 視線は合わないが、俺に向けて言っている。茶化して逃げられない圧力をひしひしと感じたので正直に揺るがない思いを伝えた。


「──結婚したいと思ってるよ」


 俺の言葉を聞いた途端、早川が箸を持ったまま立ち上がった。


「じゃ〜早く伝えなさいよ結婚しなさいよ! 現に他の男がちょっかいかけてんじゃないの! そんなことさせないようにとっとと行動に移せバカ御幸!」


 つり上がった目でまくし立てた早川に懐かしさを感じ、俺は思わず笑った。

 
「お〜それそれ。早川はやっぱりそーじゃねーとな」

「茶化してんじゃないわよ! あーもう……澪から絶対言い出したりしないんだから、アンタが先手打たないと」

「分かってるよ。もう準備も出来てるし、近いうちにしようと思ってる」

「準備……ってプロポーズの?」


 驚いた様子の早川に俺は頷くと、予想していなかった更に怒りが増した早川の反応が返ってきた。


「じゃあ焼肉食ってないでやんなさいよ!! 今日の時間使えたでしょーが!」

「あー……それはそれ、これはこれ?」


 正論に言い返すことも出来ず苦笑いで誤魔化していると、ずっと黙っていた倉持が口を開いた。


「まー頑張れや」

「……おー」

「立木さんに捨てられたら一生結婚無理そうだもんなお前」

「ホントそうよ」

「……お前らホントひどくね?」


 似た者同士のカップルを前に押されっぱなしだが、空気は決して悪くない。
 旧友の憎まれ口にも、背中を押されたのが分かる。


 倉持達に肉を勝手に追加注文された時に、澪も戻ってきた。
 俺達を見て、一瞬ほっとした表情をした後笑顔になった。










2019.1.11
 


×
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -