45 接触


 第1クォーターでは、開始当初は点の取り合いの様相を呈していたが、徐々に玲奈のチームが離されていった。
 原因はゴール下から点を取る狙いが明らかで、マークされやすくブロックされ得点できなくなってきたこと、玲奈のポジションのような男女のマッチアップの場合、男性にブロックされることが容易になってきたことだった。


「──打点が高くないからな、身長が低いなら尚更。ジャンプシュートの体勢になったらちょっと距離とればブロック成功するし」

「相手チームのゴール下が思っていたより強固だな。このスタンスで今までも勝負してきたんだろう、安定感がある」


 玲奈サイドの応援席では、各々がここまでの感想を述べているが、コート内では試合が続いている。玲奈もPGの役割であるパス回しも行っているが、自分でもチャンスがあればシュートを打っていた。


「絵梨ちゃんのポジは女子同士のマッチアップ──SFはこっちが男だけど、外のシュートがイマイチ入らないな」


 “ゴール下が強いチームが勝っている”という事実に、皆驚きはしなかった。リバウンドがとれる、確実性の強いゴール下のシュートが入る──観戦していても分かる、当然のセオリー。


「……玲奈はチーム全員がまんべんなくシュートを打つようにボール回してるな」

「まあ、これからだね」


 兵藤兄弟は実に淡々と呟き、観戦している。牧も試合開始から態度を崩さず、じっと見守ったままだ。



 ブザーが甲高く会場内に響いた。第1クォーターが終了し、インターバルに入る。
 観戦している人達も、コートへの集中を解く。短い時間の中、コート側では選手が水分補給の傍ら、状況や戦略について声を出し合う。


「──これからもうちょっと速くパス回すね。ガンガンシュート狙って」


 玲奈の声に一同頷く。玲奈のチームはメンバーやポジション変更は考えていない。


「私もゴール下まで入って、引っ掻き回してく」


 試合開始前より鋭くなった玲奈の目つきに、自ずと他のメンバーの顔が引き締まる。
 玲奈と絵梨は目を合わせると、何も言わなくても分かるとでも言うように無言で頷いた。




 ブザーが鳴り、第2クォーターが始まった。相手チームもメンバー・ポジション共に変更はない。
 玲奈は第1クォーターの時よりも腰を更に深く落とし、ディフェンスをする。


「……お」

「もう抜かせないようにするつもりだね」


 相手PGも先程とは違うことに勿論気付き、ドリブルを続ける。お互いの駆け引きがどう作用するか。


「身長差が逆に有利になるぞ。背が高いとディフェンスで更に腰を落とさなきゃいけなくなる」


 シュート時の身長の利は、ディフェンスだと負の要素にもなり得る。体勢を低くされるとカットインで抜きにくくなる。
 身長が低いと上からパスを通され易いのは当然だが、パワーやスピードが上回れば話は別だ。玲奈のマッチアップ──男女の場合はどうなる?


「……玲奈は低い体勢のプレイは得意だからな」


 ずっと黙ったままだった牧が口を開いた。少し表情を緩め、口角を上げ不敵な笑みを見せる。
 それを見た兵藤兄弟と、諸星、河田は同じ表情になった。
 頭の後ろで手を組んで、諸星が口を開く。


「思い出したよ、インターハイの女子決勝戦。その時は知り合いじゃなかったから、ただ単にプレイを見てただけだったけど」


 記憶が高校生の時を思い出させる。この観客席にいるそれぞれは、所属していた高校は違っても、無我夢中で取り組んだスポーツは同じだ。

 あの頃も、今も。追いかけているものは──



 わあっと歓声が上がる。玲奈がドライブを仕掛けてきた相手を抜かせまいと、振り切られずについていき、ドリブルしているボールを弾いた。
 弾いて進行方向がそれたボールは、玲奈の手におさまる。玲奈は即座に自陣に向かってドリブルを開始した。
 流れが変わりそうな予感がする──そう感じ取ったのか、玲奈をマークしていたPGはファウル覚悟で玲奈を止めた。

 ホイッスルの音が鳴り響く。審判がディフェンスファウルを申告した。



「「「──あ」」」」


会場が沸く中、一部の観客はあることに気付き、一斉に声を上げた。

 ファウルを取られたPGは玲奈を強引にでも止めようとしたため腕を伸ばしたが、その先には玲奈の胸があった。 
 故意ではないが明らかに接触したことが、その瞬間を見ていた人には分かった。


 玲奈は何も気にしていない様子でフリースローラインに向かっている。玲奈の応援側は一瞬静まった後、皆一斉にそーっと牧に視線を向けた。
 ほとんどの人が牧の後ろ姿だけが確認できて、どんな表情をしているかが分からなかったが、不穏な空気だけは感じ取れ自然と押し黙った。

 玲奈の兄達と、諸星、河田は真横から牧を覗き見ることができたが、総じて顔を引きつらせた。


「ま、あ……これでファウル覚悟で当たりにいけなくなったな」

「玲奈にとっては有利だよ。なあ牧」


 兵藤兄弟が苦笑いで場を和ませようとしたが、牧は返事も返さずコートに目を向け黙ったままだった。









2019.10.18



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