43 集結
休日の体育館は様々な音で彩られる。人の掛け声や話し声、拍手、歓声。ホイッスルや床を叩く物音──ボールが跳ねる音。
今日、玲奈がいるここも例外ではなかった。男女混合バスケットボール大会が行われるこの会場で、玲奈や絵梨はチームメンバーと共に軽くウォーミングアップを始めている。予選は別日に既に終わっており、今日は予選4グループの上位2チームが集まり決勝戦まで行われる。
各チームがパスやシュート練習を行っている中、観客席がざわついていた。
「あれって……深体大のレギュラーメンバーじゃね?」
「何でこんなとこにいるんだ? 観客席にいるってことは出ないんだろ?」
「牧、諸星、河田……ってスタメンばっかりじゃねーか!」
「おい、仙道もいるぞ! プロリーグの選手が誰見に来てるんだよ!?」
「嘘だろ、全日本の兵藤までいるじゃん! サインもらおーぜ!」
指を差され、四方八方からじわじわと騒がれている当の本人達は、そんな注目に興味を向けることもなく平然としている。
「仙道、久し振りだな」
「牧さん、ご無沙汰してます」
「一足先にプロだからな〜。高卒でプロ入り、新人王獲って……くそっ」
「諸星さんも来年、そうなるんじゃないですか」
「プロはなるけどよ! 俺らの世代で新人王獲るのがどれだけ大変か!」
諸星は言い放ったのと同時に、両隣を両親指で指した。諸星を挟んで座っていた牧と河田は、諸星に目は向けたが何も言わない。
「──桜木は元気か、仙道」
諸星には返答せず、牧は後ろに座っている仙道に顔を向けた。
「試合では相変わらずですよ。チームは違うから詳しくは分からないですけど」
「アイツはかなり脅威だからな。試合の終盤何してくるか分かったもんじゃない」
仙道の言葉に呼応するかのように、息を吐いて口に出したのは玲奈の長兄の啓介だ。社会人チームに所属し全日本選手でもある啓介は、天皇杯などの試合で仙道や元湘北高校の桜木花道と対戦している。
牧の隣では、玲奈の3番目の兄である聡司が、脚立を組み立てビデオカメラをセットしていた。
「親父と周兄にビデオ撮ってこい、って頼まれたんだよね」
「手伝います、聡司さん」
コートよりも客席が騒がしくなってきた時に、玲奈達のチームの練習が終わった。
「「……目立ちすぎ」」
牧達の目線下で、客席を見上げた玲奈と絵梨は怪訝な顔をし、同時に呟いた。玲奈の視線に気付いた兄達は笑顔で手を振る。
「玲奈!絵梨ちゃん! 頑張れよ〜」
大きく声援を送る長兄に、玲奈の顔は引きつった。
「……皆さん、練習や試合は」
玲奈の問いかけに、第一線で活躍する選手達は一斉に口に出した。
「「「「今日は午後からだから」」」」
息の合った返答に、玲奈はそれ以上何も言えない。よく見ると、深体大の部員が多い。牧の彼女のバスケットボールプレイヤーとしての姿に興味がある部員が揃いも揃ってついてきたのだろう。
玲奈の隣では、絵梨がその場でボールを弾ませながら客席から目線を外して呟いた。
「……見に来ると思わなかった」
玲奈にも目線を合わせない絵梨に、恥ずかしさが入り混じっていることに気付く。
「──仙道くん?」
「……今日試合あるって話してはいたけど、まさか来るなんて」
そんな絵梨の様子に、玲奈は心意気を強くする。
「勝とうね」
お互いを見合わせた玲奈と絵梨は、ニッと笑い合った。
「──玲奈!! 今日の特別ゲスト!」
再度啓介の呼びかけに玲奈は顔を上げると、兄の横に見える人物に驚きを隠せない。
足の主治医である先生がそこにいた。
「玲奈ちゃん、今日は見学させてもらうよ」
「先生……! ありがとうございます」
玲奈は深く頭を下げた。試合に参加することは伝えていたが、まさか見に来てくれるとは。
その直後、大きい声援が真上から響いた。
「玲奈先輩――!! 絵梨先輩!! 私達も応援してます! 頑張ってくださぁい!!」
「果鈴……!? みんな!」
牧達が座っている席の通路を挟んで、玲奈と絵梨の高校のバスケ部仲間や後輩が笑顔で手を振っている。
玲奈達も手を振り返し、覚悟は決まった。
チームメンバー全員で円陣を組む。
役者は揃った。
負けられない戦いが、今始まろうとしていた。
2018.11.22