ゲシュタルト崩壊のゲシュタルトはドイツ語で形、形態、全体という意味らしい。


花形透、サラリーマン。
役職、部長。

サラリーマン生活は楽しいことも苦しいこともあるが、優秀な同僚に恵まれ忙しくも充実した毎日をおくっている。
粘り強く努める忍耐強さは学生時代のバスケットで培ったものだと言えるだろう。
社会人になった今でも連絡を取り合う仲間と出会えたことは、俺の中で大きな財産であり、誇りだ。



そんな俺が最近頭を悩ませていることがある。



「花形部長、コーヒーどうぞ」
「あ、ああ、ありがとう」


来た。

今日も。

コーヒーが。


いや、ただのコーヒーじゃない。
兵藤が淹れた、コーヒー。


コーヒーは好きだ。
午後の眠気でぼんやりした頭をシャキッとさせてくれるし、独特の苦味も大人になるにつれて心地良いものになった。

そう、コーヒーは好きなんだ。
けれどどうしたものか、新入社員の兵藤玲奈が淹れたコーヒーは何とも言えない味がするのだ。要するに、まずい。
よく混ぜていないのか口当たりが粉っぽいし、何より入っている粉の量がおかしい気がする。

何かが間違っていることはわかっているものの、せっかく兵藤が淹れて席まで持って来てくれたのにそのカップを持って給湯室に行ってアレコレ手を加えれば兵藤を傷つけてしまうかもしれない、そう思うと何もできず本人にも言えずにいた。

本来コーヒーやお茶汲みは自分ですれば良いし、それらが新入社員の仕事だなんて時代錯誤なことを言うつもりはない。
しかし、兵藤は気が利くのだ。
気が利くから、周りを見て誰よりも早く行動する。
やる気のある者にやるなと言えるか?
答えはノーだ。
実際、兵藤はコーヒー以外の仕事はキッチリとこなす。ミスも少ない。
優秀な社員と言えるだろう。

しかし!コーヒー!コーヒーだけが!まずい!!!


いつだったか同じ部署の人間に飲み会の席でコッソリ聞いてみたことがある。
「兵藤の淹れるコーヒーは正直どう思うか」と。
しかし誰の答えも同じだった。
「コーヒー?普通っすよ、普通に美味いっす。気が利く良い子ですよね」

なぜだ!?!?
俺だけ?俺だけなのか?俺の味覚がおかしいのか?

ダメだ、このままでは。
毎日コーヒーのことばかり考えているなんて仕事に影響を及ぼしてしまう。
今は大丈夫でもいずれミスをしてしまうかもしれない。
部長という責任ある仕事を任されている以上、この問題をこれ以上先延ばしにするわけにはいかない。

花形透!お前はこの部の長だろう!解決するのはお前しかいない!
若い女性社員に余計なことを言って「部長、こういうの◯◯ハラスメントですよ」などと言われるかもしれないと恐れている場合ではない!
兵藤がそういう人間でないと信じている!信じているぞ兵藤!



翌日、

決意を固めた俺はいつも通りに仕事をこなしていた。
はたから見れば俺の心中など微塵も漏れ出してはいないだろう。もちろん、兵藤にも。
いかなることがあろうとも仕事に支障をきたしてはいけない。これは社会人としてのルールでありマナーだと考えているからだ。

それでも、兵藤がコーヒーを持ってくるであろう時間が近づくにつれて心拍数がジワジワと上昇しているのを感じて、静かに深呼吸をしてその時に備えた。



「花形部長」


きた!!!


「コーヒーどうぞ」
「ああ、ありがとう」


よ、よし、言うぞ。

「兵藤、ちょっと良いか」
「はい」
「あ、あのな、毎日淹れてくれているコーヒーなんだが、その、しっかり混ぜているか?」
「えっ?」
「あとな、コーヒーの粉はスプーン何杯入れてるんだ?」
「……ふふっ」
「?」

気まずそうに話す俺を見て、兵藤はなぜか笑いだした。

「やっと言ってくれましたね」
「やっと?どういうことだ?」

「私、花形部長と話すきっかけがほしくて」
「きっかけ?」
「はい」

花形部長と話すきっかけがほしくて…?
まずいコーヒーを淹れることが?どういうことだ?
ダメだ、わからん。聞こう、こういうときはちゃんと聞かねば…

「ということは……?」
「はい、わざとです」

さっきから俺はパニックに次ぐパニックだというのに、兵藤の目には1ミリの迷いも感じられない。

俺と会話がしたいが為に兵藤はわざとまずいコーヒーを淹れていたということか?
……ん?ということは…

「じゃあ他の者には……」
「普通のコーヒーです」

笑顔で受け答えをする兵藤。
その笑顔にはもはや清々しさすら感じられる。

「私のこと、気にしてくれましたか?」

正直、兵藤で頭の中がいっぱいになっていた。
正しくは、兵藤の淹れるコーヒーで、だが。

最近の若者の考えることはよくわからん……
少なからず俺に好意を持ってくれているらしいが、普通そういう相手にはとびきり美味いコーヒーを淹れようと思うのが常なんじゃないのか?今時は違うのか?こういうアプローチが巷では良いとされているのか?


「兵藤、部長命令なんだが」
「はい」

「とりあえず、明日からは美味いコーヒーを淹れてくれないか?」
「はい、喜んで」

満足そうにニッコリと笑った兵藤の笑顔に、不覚にも目を奪われてしまった。

どうやら、新入社員兵藤玲奈のトンデモ作戦は有効だったのかもしれない。




「もしもーし、おう花形どうした」
「藤真、ちょっと相談があるんだが」
「よし!今日花形ん家集合な!あいつらも呼ぶぞ!」


頼む、かつての仲間達

この気持ちの名前を教えてくれ。



×
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -