42 期待
牧に逢いに行って、思いを伝えるつもりが先に言われた。牧の練習後に改めて会うと、お互い想いが募りすぎて、一刻も早くそれを確かめ合いたくなった。心でも──身体でも。
*
身体がだるい──
いつの間にか眠ってしまった玲奈が目を覚ますと同時に、倦怠感が全身を襲った。すぐには起き上がれなくて、ふと気配がした方に顔だけ向けると、隣で横になっていた牧が穏やかに笑って玲奈の頭を撫でた。
「無理をさせてしまったな。スマン」
苦笑しながらも、牧の表情は少しばかりニヤついている。玲奈は寝起きの頭で何があったか思い出しながら、どんどん顔が紅潮していくのが分かった。
一方牧は玲奈とは対照的に涼しい顔で上体を起こした。下着のみ身に着けた身体で、どの角度から見ても鍛えに鍛え上げられた牧に見惚れながら、玲奈は未だに自分が裸であることを思い出した。牧につられて掛けていた布団がずれ、慌てて引き戻す。
何事もなかったかのように動いている牧に、玲奈は面白くない。こっちは動きたくてもすぐには動けない──起き上がろうと試みているのに身体がいうことをきいてくれない。
「……紳くんは身体平気なんだ?」
玲奈は少し不貞腐れながら聞くと、牧は「ん? ああ」と肯定し、ニヤッと笑った。
「──鍛え方が足りんな」
大胆不敵な笑みと一言に、玲奈の悔しさは一層増したがぐうの音も出ない。牧と付き合いだしてから今が一番筋トレやバスケの練習に精を出しているのに、やはり深体大のキャプテンを張る男とはレベルが違い過ぎるのだ。
玲奈が恨めしそうに上目遣いで牧を見ると、牧は軽く噴き出して笑い、玲奈の背中に手を回して抱き起こした。
「風呂場まで連れて行きましょうか、お姫様」
「……自分で行けるから大丈夫です〜」
遊ばれてるような気分になった玲奈はふくれたまま断った。案の定身体を動かすのもやっとで、背後から牧が笑ってるのが分かったが、久しぶりに牧を感じることが出来て悪い気はしていなかった。
*****
「──ミックスバスケ?」
牧が玲奈に聞き返すと、満面の笑みと頷きが返ってきた。玲奈がカバンから一枚の用紙を取り出して、牧に渡す。玲奈の隣には親友でバスケ仲間でもある絵梨もいた。
「大学の友達で男女混合バスケのチームを作って、試合に出る予定です」
「絵梨の話聞いて参加してみたくなって! ダメもとでお願いしたら歓迎されて入れることになったんだ」
「……玲奈も試合に出るのか?」
「うん。フル出場は無理だと思うけど──それでもいいって」
それでもプレイしたい──玲奈の思いが表情や態度に溢れ出ている。玲奈が嬉しそうにしているのを見て牧も嬉しい──が。
絵梨が牧の表情を察知して口を開いた。
「チームの男連中は私の大学の同学部仲間なので、牧さんが心配しているようなことはないです。玲奈に手出そうもんならどうなるか分かってんだろうな位の脅しは済んでるので」
ちょっとでも感じていた不信感を絵梨に見透かされていて、牧は苦笑するしかなかった。
「試合はコート上に最低2人、女子を出さないといけないので、女子プレイヤーのレベルや使い方や重要になってくるんです。そういうルールも女子の試合にない面白さだなと思って」
「男子と試合できる機会もなかなか無いから面白そうだなって!」
玲奈の今まで見たことがない楽しそうな様子に牧も自然と笑顔になったが、渡された参加要項にくまなく目を通す。
女性の得点は男性の2倍、男性が女性にファールした場合は得点加算、男性が女性へのパワープレイは極力禁止……等、普段牧が目にしないルールが多くある。
「面白そうだな。俺も出たいぞこの試合」
「俺も〜」
牧が読み終えた頃、背後で紙を覗き込む2人の声がした。深体大バスケ部の飲み会の場だったので当然声の主は誰か分かってる。牧の腹心でもある諸星と河田だ。
この前牧が大学の体育館で玲奈に堂々告白をやらかしたため「キャプテンの彼女さん呼んでください!」とせがまれての今日の飲み会だった。玲奈も玲奈で流石に深体大メンバーと同席なのは恥ずかしいとのことで、友達の絵梨を連れてきたのだった。
「無理だと思いますよ。深体大レギュラーが」
「こっちの方が楽しそうじゃんか」
「日程見てみろ。俺らも大会前だ」
あながち冗談でも無さそうな2人に、牧と絵梨が淡々と返す。酒も入り声が大きくなった諸星と河田に、深体大メンバーが次々と牧達がいるテーブルに集まってきた。
騒がしくなってきたところで、絵梨が牧に向き直った。
「牧さん。いいですか? 玲奈参加させても」
「いや、俺に止めさせる権限は無いだろう」
「玲奈の彼氏ですし、男女混合試合なので許可もらってた方がこちらも安心なので」
元々玲奈が参加を希望した試合で、牧がどうこう言う権利は無い。玲奈は絵梨のお願いに心配になったのか「紳くん、ダメかな……?」と低姿勢で様子をうかがっている。
後ろでボソッと「娘の外泊許可を出す親父みたいだな」と言った河田を後でどうしてやろうか。
何故か皆の視線が牧に集中したため、牧は一言言わざるを得なくなった。反対も一切していないのにこの責められている空気はなんだ、と思いながらも玲奈と絵梨に向かって言う。
「試合頑張れよ。応援してる」
「うん! ありがとう紳くん」
「ありがとうございます。玲奈に無理は絶対させないので」
その様子を見ていた牧の後輩達は小声で会話し、牧への親近感を高めていた。
(キャプテンも彼女に対してはタジタジだな〜)
(いつものリーダーシップはどこへ……)
(牧さんも彼女には尻にひかれてんだなー)
2018.9.27