39 時機 1


「──では、部員・スタッフの意見から決めた来季のキャプテンは──牧」

「はい」

「副キャプテンに諸星、河田」

「「はい!」」
「へっ……ふ、ふぁい!!」

「美紀男じゃない、雅史の方だ」

「あっ……すみませぇん!!」


 深体大男子バスケットボール部のミーティングルームでどっと笑いが起きた。4年生が出場する最後の大会を終え、新チームがスタートする冬。来季のキャプテンが監督から部員全員に告げられた。
 今年も例年通り、現在最上級生である3年生からの選出となった。深体大は実力も大学ナンバーワンであり、傍から見れば誰が主将になってもおかしくはない選手ばかりだ。そうなると、部員の中でも精神的・プレーヤー的に一歩抜きん出ている者が選ばれる。次期のキャプテンの人選に、文句や意義を唱える部員は一人もいなかった。


「頼むぜ、牧」

「ああ──大学生活最後の年になるしな。それに──」

「それに?」

「いや……決めてたんだ、前から」

「え?」

「キャプテンになるか、4年になった時が──いいタイミングかなって」

「……? 何の話──」


 牧は感慨深げな表情を見せた後、口を噤んだ。隣で話していた諸星は疑問に思い尋ねようとしたが、監督が話し始めたので会話は打ち切りになった。

 新体制のスタートで不安と期待が入り交じる中、牧はある思いをずっと秘めていた。

 「自分はまだまだだ」と思い知った“あの時”から、牧はますます練習に力を入れ、日々切磋琢磨してきた。牧世代が大きく飛躍してきたここ1、2年は深体大黄金期と呼ばれるようになり、試合でも負け無しが続いている。
 高校時代、神奈川では帝王と呼ばれ、大学でも今や実力と貫禄からその異名が復活しつつある。
 もちろん無敗記録は牧1人の成果ではないが、牧自身も学年が上がるにつれフィジカルやテクニック、メンタルに多少なりとも自信が持てるようになってきた。


 今の俺は、玲奈にはどう映るのだろうか。


 今なら──玲奈に。  





**********





「ナイッシュー! 玲奈!!」


 コート内でフリーになった瞬間送られたパスを受け取り、玲奈はミドルからのジャンプシュートを決めた。
 玲奈はシュートを見届けた直後、すぐさま守備に戻る。


「ディフェンス! 止めましょう!」
 

 「1番!」と声をあげた玲奈は、トップの位置で相手を待ち構える。一瞬でも気は抜けない。
 ボールを保持している相手チームのPGは、ドリブルをしながら玲奈との間合いを計っていた。玲奈は腰を落として、目の前の相手の動きをうかがう。
 ドリブルの動きが変速になってきたところで、玲奈は更に膝を曲げた。その動きと相手が速攻を仕掛けるのはほぼ同時だった。玲奈は相手に並行してついていく。
 ボールの動き、相手の体勢、目線、チームメイトの位置、全てを瞬時に読み取り自分の行動に繋げる。
 玲奈は素早く手を伸ばし、ドリブルのボールを弾いた。
 大きく跳ねたボールには玲奈が追いつき、そのまま相手ゴールに攻め込んだ。止める者がいない、玲奈のレイアップシュートが決まったところで試合終了のホイッスルが鳴った。


「お疲れ様でした!」

「玲奈、ナイスプレイ!!」

「すごいよ玲奈ちゃん、サークルに入った当初とはえらい違い!」

「ありがとうございます──練習した甲斐がありました」


 互いを労いながら、玲奈は皆から称賛を受けた。試合など到底出れないだろうと思われていた玲奈は、ここ1年半で練習やトレーニングを積み、フル出場とはいかないまでもゲームに参加できるようになっていた。

 それはバスケットプレーヤーとしての自信にも繋がったが、何より玲奈自身を強くさせてくれた。

 牧と別れ、やるべきことが絞られ迷うこともなくなった。クリアになった心にひたすら向き合い、練習を重ねるうちに精神的にも安定し、現在・過去の状態も冷静に見つめることが出来るようになった。
 それは玲奈にとって重要なことであり、転機にもなった。

 怪我をした後、自分がどんなに焦っていたか気付かされた。
 無意識のうちに生じた焦りが、苛立ちと嫉妬を生んで、紳くんに迷惑をかけることになったんだ。


 玲奈の心の中で、今までの出来事が思い出された。

 支えてくれた人、励ましてくれた人。
 どんな時も離れなかったバスケット。

 ──そして。




「……当たって砕けてみようかな」


 自然と零れ、思うに至った決意。

 チームメイトには聞こえなかった小さな声を発した玲奈は、清々しい表情をしていた。












2018.1.23







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