38 観察 3


「はーいじゃあ皆揃ったので始めまーす!」


 その言葉を合図に、この場に集まっている全員が持っているグラスを上げ、近くの人同士で音を鳴らし合わせた。結構な人数の男女が集まっているこの食事会は、一言で言えば合コンだ。
 男女10人ずつ一堂に会すると、どこからともなく会話が始まり、時間を待たずに場が活気づく。


「深体大の人と合コンするの初めて〜」

「そうなんだ?俺らも女子大の人達とは初めてかも」

「嘘だあ〜、深体大バスケ部ってすごくモテるって聞いたことありますよー!」

「いやいやそれは先輩達で、俺ら1年は全然」

「あ、じゃあタメだ?私も1年でこの子も同じ──花梨!」


 急に名前を呼ばれた花梨が我に返ると、大学に入ってから出来た友達が花梨の服を引っ張り“会話に加われ”と目で合図をしていた。


「ごめん、ぼーっとしてた」

「もー、私らタメだって話してたの。花梨って高校の時バスケ部だったんでしょ?」

「へーマジで?今もバスケやってんの?」

「あ、今はもう趣味程度に……」


 花梨が元バスケ部だという話題で盛り上がり始めた空間に、当の本人は適当に相槌をうっていた。花梨の意識はある人に釘付けになっていたからだ。


 牧さん、だあ……。


 席は自然と学年順になっていたようで、大学1年の花梨と3年の牧の席は少し離れていた。花梨は高校のバスケ部の先輩で尊敬している玲奈の、元彼氏である牧紳一をガン見してしまっていた。
 今日の合コンは花梨が入ったサークルの先輩が、深体大に友達がいる縁で実現したもので、深体大バスケ部と女子大サークルメンバーでの学年を超えた集まりとなっていた。


 まさか牧さんも来てるなんて……!ほんのちょっとだけ期待はしてたけど……!


 花梨は今までこんなに近い距離で牧に会ったことはなく、玲奈の話から身近に感じていただけだったため、知っているとはいえ自分から声をかけるなんて以ての外だ。知っているという意味では深体大バスケ部は全国的に有名な選手ばかりで、花梨が牧の近くに目をやるとバスケ雑誌でも見たことがある男だらけだった。サークルの先輩もテンションが上がりまくっているのがすぐに見て取れる。

 花梨は場の雰囲気に交じりながらも、玲奈のことを考え小さく溜息をついた。


 牧さんがここにいる、ってことは彼女欲しいってことなのかな……。

 玲奈先輩が牧さんと別れたのって、去年のいつだっけ──


 自分抜きでも友達の話が進んでいるのが分かると、花梨は昨年の玲奈の話を思い返していた。

 ──お互いに嫌いになった訳じゃない。
 玲奈先輩が牧さんにこれ以上迷惑かけたくなくて。
 
 でも玲奈先輩は私にはっきり言ったんだ──別れたけど、諦めてない、って。


 あの時の玲奈の強い瞳を、花梨はすぐに思い出すことが出来る。
 花梨は高校でバスケットの練習からは遠のいたが、玲奈は今でも練習を欠かしていないと聞いている。そんな玲奈だから花梨は尊敬してやまないし、玲奈の彼であった現在も優秀な牧を特別視していたのだ。



「えー!牧くんって今フリーなの!?」


 花梨の思考をぶち破るサークルの先輩の声に、花梨は思わず盛り上がっている牧の周辺を見た。甲高い声を上げた4年のサークル部長は、興奮を抑えてはいるが表情までは隠せていない。
 牧は女子の雰囲気に若干押されている。


「彼女いると思ってたー」

「あ、いや……今はいないんだ」

「部長も彼いないんですよ〜!」

「おい牧!どーなんだよ〜!」


 深体大の4年生が牧をせっついているのを見て、花梨はこれ以上見たくなくて下を向いた。


 やだやだやだ!!
 いくら部長でも、“牧さんの彼女”のポジションは玲奈先輩が帰ろうとしている場所なのに……!!


 立場上耳を塞ぐことも出来なくて、花梨は太腿のスカートの生地を握りしめながら聞きたくない牧の反応を待った。
 

「──彼女はいないけど、好きな人がいるんだ。すまない」


 耳に届いた素直な低い声に、花梨は顔を上げ牧に見入る。


「え〜そうなんだ、残念!」

「牧、いつの間に好きな子出来たんだよ?」

「出来たっていうか、変わってないんですよ。ずっと」

「……ってことは元カノがまだ好きってこと?」


 部長と深体大の4年生達の追及攻めに、牧は苦笑いで頷いた。それを花梨は呆然と眺めている。

「えーっ、牧くん健気ー!!」

「マジか牧〜!!オラ飲め!!」


 先輩に無理矢理お酒を注がれ困り気味の牧を遠巻きに見ていた下学年の人達は、静かに驚いていた。


「うっ……うー……っ」

「ちょ、ちょっと花梨!何泣いてんの!?」


 抑えることも出来ずに、嗚咽を漏らしながら花梨は泣いた。花梨の隣にいた友達の動揺した声で、今まで牧に向いていた視線が一斉に花梨へと向く。


「え、どーした?大丈夫?」

「花梨?」


 花梨は大丈夫、と言いたいがしゃくり上げるばかりで声にならない。
 首を縦に振りながら下を向いている花梨は、胸がいっぱいだった。


 牧さんも、玲奈先輩と同じ気持ちなんだ……。

 お互いが同じ気持ちで、別れてても思い合ってるなんて──


 嬉しい気持ちと別れている2人の現状に悲しい気持ちとでぐしゃぐしゃな精神状態の花梨に、先輩が声を掛けた。



「──もしかして花梨、牧くん狙いだったの?」


 思ってもいない発言に、花梨は顔を上げ今度は首を精一杯横に振る。


「ちっ……違います!本当に!」

「男は牧だけじゃない。ここにもいるから泣くな」

「河田……何ここぞとばかりに」

「邪魔するんじゃねーぞ諸星」

「そんなに彼氏欲しいの?花梨」

「だからっ、ホントに違いますって──!」


 先輩達のそれぞれの気遣いに花梨は気付きながら、慌てて泣きやみ必死で弁解する。
 目の端で、牧が心配そうに見つめているのが分かった花梨は、泣いた顔で今できる精一杯の笑顔を作った。



 嬉しいのは本当。

 玲奈先輩に今日聞いたことは言えないけれど、私は絶対に忘れない。

 いつか2人が、一緒に並んでるところを見るまでは──。










2017.12.4




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