36 観察 1


「知ってる?牧さんって今フリーなの。彼女と別れたって」

「え!マジ?どこ情報よそれ」

「友達の友達が深体大のバスケ部にいるんだけど、どうやらホントらしいって」

「──私牧さんは興味無いんだけど、アンタはあるじゃんね?」


 休日のランチタイムのカフェのとある一角。その場にいる女子大生グループ3人の目線が、一斉に1人の女子に集まる。今の話を聞いてやや目つきが鋭くなったその子は、この中で唯一の牧紳一ファンだった。
 大学バスケは今、学生スポーツの中でも徐々に人気が出始めていて、選手個々にファンがつく程にまで注目されている。やはり活躍と共に見た目も良い選手がファンも比例して多い。牧は活躍は申し分なかったが、老け顔のせいか今まで女子人気は今ひとつだった。牧を好きな女子は熱狂的ではあったが数は多くは無かったのだ。しかし学年が上がっていくにつれ、年齢にルックスがやや追いつき始めたのか、大学2年で深体大のスタメンということも相まってファンが増えていた。


「……何で別れたのか知ってるの?原因は?」


 返答を求められた女子──真歩は腕組みをして友達に尋ねる。周りから見ても決して喜んでいるようには見えない。


「なんか聞いた話だと元彼女が牧さんを振った、って」

「何よそれ」


 理由を聞いた途端、瞬時に上がった返答は低く圧があり、友達の3人は怯んだ。真歩が牧の貫禄とプレイスタイルに惚れ込んだことを知っている友達は、自分の事では無いのに慌てて彼女をなだめ始める。


「まあまあ、落ち着いてよ」

「牧さんを振れる程の女なんだー、そいつって」

「牧ファンなら喜ぶところじゃん!フリーなら狙えるかもよ?」

「まず牧さんを傷つかせたその女に興味あるわ。具体的に誰だか知ってる?」

「ちょ……確か、牧さんの1コ下で大学生だったはず」

「──じゃあうちらと同い年じゃん」


 年齢を聞いて更に表情を険しくした真歩は、話の発端であった友達に手を合わせて尋ねる。


「誰だか知りたいから、友達の友達に聞いてみてくれない?私深体大に知り合いいないんだ」

「……知ってどーすんの」

「見てみたいわ、その女」

「え!?マジ?」

「皆に迷惑かけないから、ね?よろしく!」

 強引に話を終わらせた真歩に、友達は何も言えず顔を見合わせるだけだった。彼女の一度決めたことは曲げない頑固な一面があることは既に知っている。静かな圧力に、皆ただ従うしかなかった。






 何日かして友達から『牧紳一の元彼女情報』を得た真歩は、牧がフリーになった話を聞いた日以降も、気持ちは変わることなく燻ぶっていた。
 偶然にも『牧紳一の元彼女』と同じ大学の友達がいて、真歩は深い事情は話さずに「見てみたい」とだけ伝えると、大学バスケファンだからと知ってのことか友達はあっさり了承した。
 その友達が指定した時間に大学内に入り落ち合うと、構内の人の出入りが見渡せる場所に待機した。



「学部違うけど悪い噂聞かないけどなー、兵藤さん」

「──兵藤さん、って言うんだ」

「うん、兵藤玲奈。秘かに男に人気あるみたいだよ。今まで彼がいたから男子も大っぴらにしてなかっただけで」

「……ふーん。魔性の女的な?」

「──何か言葉に棘がありまくりだけど。嫉妬も度を超すと醜いよ〜」

「私は牧さんを傷つけたっていう事実が許せないだけ!」

「事情もよく知らないのに勝手に決めつけるのはどうかと思うけど」


 ヒートアップし過ぎの女に、片や冷静に淡々と返す女友達。空き時間をお喋りで埋める様を装い、隠れて周りに目を凝らすことは忘れていない。

 30分くらい経った時だった。


「──あ。真歩、あの子だよ」


 いたって平静に視線を定めた友達に、真歩はその先を目で追った。パンツスタイルのスポーティな服装に、姿勢よく歩く姿。

 ……なんか雰囲気ある子だな。
 普通に可愛いだけの子じゃないっていうか。


 真歩が見た目の感想を思い浮かべていると、隣から「思い出した」と声がした。


「兵藤さんってバスケのサークルにも顔出してるって話聞いたなー。肩にかるってる袋、あれ中身ボールじゃない?形状的に」

「……え」

「今からサークルの練習でもあるんじゃない?」


 言われた箇所に注視すると、確かにバスケットボールサイズの膨らみが見える。それを確認した真歩は、静かに憤った。


 バスケ経験者のくせに牧さん振るってどーいうつもり!? 何様!?


 牧と親しくもないのに牧の人間性をこれっぽっちも疑っていない真歩が静かな怒りをこみ上げている時、横から遮るように声がした。


「私あの子と接点ないからこれ以上は接触できないよ。顔見れたしもういいでしょ」


 我に返った真歩が見ると、玲奈が校門から出て行きそうなのが見える。真歩は咄嗟に声を上げた。


「私ちょっと後つけるわ!ありがとね!」

「は!?」


 友達の声も聞かず、真歩は笑顔で手を振りさっさとその場を去った。
 一度突っ走ると誰にも止められないその性格に、友達は「……犯罪沙汰はすんなよ〜」と呟いたが声はもちろん届いていない。










 分からないように分からないように、と真歩はなるべく目立たないように一定の距離を保って玲奈の後を歩く。先を行く歩調がそんなに早くないのが救いだった。
 電車に乗ることもなく歩き続け、だんだんと人通りが少なくなってきた。どこに向かっているのか、という疑問が真歩につきまとうが、尾行することは止めない。

 何回目かの曲がり角を曲がると、木々が溢れる公園が目に飛び込んできた。


 ──あ、バスケットゴール。


 大きくも小さくもないその公園には、バスケットのゴールが1つ設置してあった。使用している人は誰もおらず、今真歩が追跡していた当人が先程よりも早い足どりでその場所へ向かって行く。

 友達が言った予想が当たった、と思ったがサークルのメンバーと思しき人が見当たらない。


 ……1人でやるの?


 距離をとり様子を窺うと、玲奈はストレッチを始めだした。真歩は何故か気になって帰る気がおきない。
 真歩は死角になりそうな木が生い茂っている場所を見つけると、背を屈め音を立てないように玲奈に近づいた。本人が気が付いていないことを確認すると、軽く息を吐いて様子を見つめた。


 長めのストレッチの後、ようやく練習が始まった。しかし即シュート練習、ではなく体勢を低くしたままドリブルをずっと繰り返している。


 ──ドリブルだけなのに、いつまでやるの……


 その間もステップを入れたり、走ったり、ボールが地面スレスレの状態でキープしドリブルを続ける等、練習メニュー1つにかける時間が長い。

 真歩が思わず玲奈に見入っていると、ドリブルで跳ねたボールが彼女の足に当たり、大きく跳ねた。
 ボールが向かう先は、真歩がいる方向。


 ──マズイ。


 動くわけにもいかず、ただただボールの行方を目で追うと、自然と玲奈の姿が視界を覆う。
 身を隠している木々の背丈はさほど高くない。真歩は“頼むから見つからないで”と心の中で祈ったが、状況的に無理な話だった。

 ボールを拾い上げた玲奈と、真歩はいい角度で目が合った。
 真歩は固まっていると、玲奈は息が上がったままこう言った。


「──あ、もしかして空くの待ってました? すみません!」




 ……さて、どうしよう。
 

 
 
 
 



2017.9.4







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