35 報告
「……マジ?本当に別れちまったのかよ!お前ら……」
玲奈と別れて数日経った昼休み。大学の食堂で唐突に玲奈の話題になったが、牧は言葉を発さずにいた。それを不思議そうに「どうした」と尋ねてきた諸星に、牧が玲奈との関係について簡潔に話すと、机を挟んで目の前にいた諸星と河田は目をこれでもかと大きくして驚いている。
「……どっちから?玲奈ちゃんからか?」
諸星が牧に尋ねた。こんなに動揺している諸星は久し振りに見た、と牧は心の中で思った。対峙している牧は、諸星よりも遥かに冷静だった。河田は諸星ほど声を荒げたりはしていないが、いつもなら食事中話しながらでも止まらない箸の動きが今は止まっている。牧はそんな友達でありチームメイトの様子を見て、一層冷静になった。
「──俺からだ」
「……っ何でだよ!!訳を言え訳を!」
諸星は座っていた椅子を大きく鳴らし、思わず立ち上がった。周りで昼食をとっている深体大生の視線が一斉に3人に集まる。諸星は当事者の牧よりも興奮していた。河田はそんな諸星の隣にいながらも、牧から視線を外すことはなかった。
「……玲奈に言わせたら、二度と俺のところに戻って来ないんじゃないかと思ったんだ」
落ち込んでいるわけでもなく淡々と話す牧の言葉に、一瞬呆けた諸星はすぐさま落ち着き座り直した。
「……何で別れることになったんだよ?」
諸星は小声で牧に聞いた。いつもの会話の時よりも声が沈んでいる。単に興味本位だけではないと、諸星の様子から一目で見て取れた。河田は不気味にも一言も発さない。
「……玲奈が足のことでずっと悩んでいたのは知っていた。だが、リハビリで少しずつ回復してバスケを再開してからも、表情が晴れないのがずっと気になっていた」
諸星と河田は口を挟まないまま牧の話に集中している。
「無理に笑顔を作ってるっていうのかな……ふとした時に見せる表情が辛そうな時が増えていって──。玲奈は違う、って言ってたけど、気のせいじゃないって感じるときが多くなった。俺達の試合が終わってから玲奈に会うと……特に」
牧の表情が陰ったのを、話を聞いている2人は無言のまま見つめた。
「……俺といると苦しいのかな、ってずっと思ってた。俺がバスケやってるから尚更、苦しめてるのかなって」
「牧……」
「玲奈にそんな思いこれ以上させたくなくて、俺から言ったんだ。……俺が玲奈の苦しんでる姿をこれ以上見たくなかっただけかもしれないな」
力なく笑う牧に、諸星は顔を歪ませ、河田は再び箸を動かし始めた。
「牧は……いいのかよ。それで」
俯き小さく呟く諸星に、牧は外の景色を見つめ自嘲気味に笑った。
「……だから俺から別れを切り出したんだ。玲奈に言わせたら、あいつは責任を感じて俺と二度と関係を戻さないと思ったからな」
諸星と河田は、牧の言葉に動きを止め驚いたように目を見開いた。牧はさっきまでの悲しげな表情とは違い、口角を上げ何かを企んでいるかのような顔つきになっている。
その顔を見た諸星は、ブッと吹き出しみるみるうちにいつもの勝気な表情に戻った。
「──そういうことかよ!それでこそ牧だよな!!」
諸星の言葉に牧はフッと笑った。諸星の隣ではちょうど河田が大盛りの食事を完食し、箸を揃えて置いた。
河田は牧を見据える。
「──強くなるぞ、牧。俺達はもっと強くなれる」
今まで一言も発しなかった河田の言葉に、牧は力強い顔つきで頷き、3人は顔を見合わせた。
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「納得できません!!」
牧と玲奈が別れて2週間経った日曜日の夜。レストランの個室の一室で大きな声が上がった。
「果鈴、落ち着いてって」
「だって、だって玲奈先輩と牧さんが別れたなんて……そんなのって……」
玲奈は高校のバスケ部仲間と久し振りに集まり、みんなでご飯を食べている。今日は玲奈の学年が3人、1つ下の学年のメンバーが3人集まっている。
皆1人1人の近況を報告し合ううちに、玲奈が牧と別れたことがこの場で明るみになった。
「私憧れてたのに……理想のカップルなのに……イヤだあ〜!!」
先程から絶叫しているのは玲奈の後輩の果鈴である。果鈴はインターハイでの玲奈のプレイに泣き、引退の時も大泣きという大の玲奈贔屓な子だ。
「お互い嫌いになったわけじゃないんですよね!?じゃあ何で別れないといけないんですか〜!!」
目から涙をボロボロ流しながら、果鈴は玲奈に訴えた。玲奈は、この場では「足のことで牧にこれ以上迷惑をかけたくないから別れた」と告げていた。
「もう紳くんに気を遣わせたくなくて。……私が、私に気を遣い過ぎてる紳くんを見たくなかっただけかもしれないけど……」
「玲奈先輩……」
「大学バスケも競争が熾烈だしね。私が紳くんの足を引っ張るわけにはいかないよ」
「だからって……別れることないじゃないですかぁ〜!!!」
とうとうテーブルに突っ伏して泣き出した果鈴に、玲奈は隣に座っている親友の絵梨と顔を見合わせた。
玲奈は果鈴の背中をさすりながら言葉をかけている。
それからしばらくたった後、果鈴は顔を上げ立ち上がった。
「……ちょっとトイレ行って顔洗ってきます。場の空気悪くしてすみませんっ」
少し落ち着いたが、果鈴は泣きはらした顔をしている。それを見た玲奈は果鈴が出て行った後「ちょっと私も行ってくる」と言い席を離れた。
「……絵梨はどー思う?別れたことについて」
玲奈と同学年の2人が話し始めると、後輩も玲奈の幼馴染である絵梨に注目した。
「──今回の件で私は牧さんを見直したけどね」
「……見直した?」
「牧さんから別れを切り出したって聞いて──玲奈を甘やかしてるだけじゃない、って分かったから」
絵梨の発言と表情に、その場に残った面々は少し安堵した。
「──果鈴」
トイレの洗面台の前で沈んでいる果鈴に、玲奈は笑顔で声をかけた。
「目赤くなっちゃったね。ごめんね」
「……泣きたいのは玲奈先輩なのに……すみません」
「ううん、大丈夫。私は紳くんを傷つけた人間だから、泣く資格はないよ。──でもね、果鈴」
「……はい……?」
「私もっと自立して、1人でも大丈夫なカッコいい女になれるよう頑張るよ。──別れたけど、色々と諦めてないからね?」
「え……」
思わぬ玲奈の言葉に果鈴は顔を上げると、強い意志を宿した瞳で目配せする玲奈がいて、思わず笑顔になった。
「……はい!それでこそ玲奈先輩ですよね!」
果鈴が笑ったのを見て、玲奈も心から笑顔を見せた。
2017.7.12