34 決心
「今日は1日どうもありがとう」
「いや、俺も楽しかった。──でも部屋に上がってよかったのか?」
「うん、紳くんなら家族もオッケーだよ。今お母さんしかいないし」
玲奈は牧と2人でバスケを楽しんだ後、自宅に誘った。牧のことだから帰りも「家まで送る」と言いかねないし、ちょうどいいと思ったのだ。落ち着いて話もできると。
玲奈は牧を自分の部屋に招き入れると、ベッドに腰掛けた。牧も隣に座るよう促す。
「──足、大丈夫か?」
上半身を屈ませながら、牧は玲奈の足を見つめ尋ねる。
今日1日心配することを止めない牧に、玲奈は苦笑した。
「激しい運動しなかったら痛くないよ。疲れてはいるけどね?」
初めてやってみた牧とのマッチアップに、短時間の割には玲奈の身体の疲労度が半端なかった。
「……それならいいんだが」
まだ心配の色を残す牧の表情に、玲奈は心中を隠すように微笑んだ。
──もう紳くんにこんな顔させたくない。
私に気を遣わないで欲しい。
足のことなんて考えないで欲しい。
私のことなんて──考えないで欲しい。
思えば紳くんと再会してから私はずっと、足に怪我を負っていて。
紳くんはそれ込みの私としか接していない。
今の紳くんの笑顔は、本当の笑顔?
伝えてくれた言葉は、本当の気持ち?
私が怪我をしていなかったら、こんなに傍にいてくれた?
何も考えず、私と向き合ってくれるのは──いつだろう。
怪我を気にせず、紳くんとバスケをして遊べるのはいつだろう。
私の足を気にする紳くんを、安心させるように笑うのはいつまで続くんだろう。
紳くんが私の足のことを気にならなくなるためには、どうすればいいんだろう。
いつからか玲奈の心の中に生まれた様々な想いは、徐々に大きくなって、破裂しそうだった。
暴発する前に、自分で解放したい。
この想いも──紳くんも。
「今日、紳くんとバスケ出来て嬉しかった」
「……さっきも聞いたぞ」
「……なんかもう1回、言いたくて」
今日もバスケをしていた時、楽しかったのは勿論だけど、嫉妬の方が勝っていた。
「牧紳一の彼女」よりも、「バスケットプレイヤー」といての自分の意識が上回っていた。
悔しい、悔しい──って。
この状態のまま、彼に嫉妬を抱き続けたまま、一緒にいれるんだろうか。
きっと長くは、続かない。
今、言わなきゃ。
紳くんに、もらった温かい想いを返したい。
ぶつけるんじゃなくて、丁寧に私を包んでくれた彼に、同じようにとはいかないけれど。
優しい彼に、沢山の優しさをもらったから。
「紳くん、あの──」
玲奈が顔を上げて牧に口を開いたと同時に、牧は玲奈を強く引き寄せ抱きしめた。
「──別れよう」
優しい彼が、気付いていない訳がなかったのだ。
牧が耳元で言った一言に、玲奈の目がどんどん潤みだす。
言わなきゃ、駄目だ。
これだけは、絶対に──
「……っ、ありが、とう……っ」
玲奈は一番伝えたい言葉と共に、牧を強く強く抱きしめ返した。
もう言葉は出てこない。
牧の腕の中で、自分が泣く資格は無いと、必死で泣くのを堪える。
互いにそれ以上言葉を発さない。
痛いくらいに感じても構わなかった抱擁も、牧がゆっくりと手を離し、終わりを迎えた。
「……じゃあ、俺帰るから……送らなくていい。ここで、さよならしよう」
玲奈は何も答えることが出来ず、黙って頷いた。
牧は玲奈の頭に優しく触れると、立ち上がって静かに部屋を出て行った。
徐々に遠くなっていく足音に比例して、玲奈の目から涙が溢れる。
玄関の扉が閉まる音が微かに聞こえたのが分かると、玲奈はベッドに突っ伏して泣いた。
──言わせてしまった。
優しい優しい、あの人に──
2017.6.26