33 対決


「あ、空いてる!」

 玲奈は公園の外から中を覗くと、牧を勢いよく振り返った。そこに常設されているバスケットゴールは、予約を取らなくても空いていたら誰でも使用してよい。喜々としている玲奈に、牧は若干苦笑した。

 牧の部活動がないオフの今日、玲奈と牧は午前中から待ち合わせをした。昼食を一緒に食べ、お互いの買い物に付き合ったり街を歩いたり。玲奈が大学生になってから2人でゆっくり出掛けるのは今日が初めてだったため、玲奈のテンションがいつもより高かった。

 デートコースのラストは、バスケをして遊ぶこと。
 玲奈は牧を追い抜き、小走りでコートまで向かう。屋外にバスケットコートがある場所なんて数少ない。玲奈は遊び場所を取られまいとする子どものように、荷物をゴール下へ置くと、バッグからボールを取り出して牧を待った。


「紳くん、早く―!」


 牧は笑って早足でコートに向かったが、玲奈をさほど待たせはしなかった。歩幅が違うのだ。


「紳くんにハンデね!6号ボールでやるから!」


 中学生以上では男女でボールの大きさが違う。男子用は7号で、当然だが女子用よりも大きい。


「……俺にはハンデになってないんじゃないか?」

「いつも使い慣れていない、って意味でのハンデ!シュートの感覚も違うでしょ―」

「まあ……玲奈がそれでいいならいいが」

「よーっし1ON1!紳くんとやるの初めてだね」


 玲奈と牧は高校の時に再会したが、それ以前もバスケをして遊んだことはなかった。


「じゃあ私が先攻で〜」


 ハンデにかこつけて有無を言わさない玲奈に、牧は苦笑いで守備の体勢に入った。


「いつでもどうぞ、お姫様」

「あー、余裕たっぷりで何か腹立つなー」

「頼むから絶対に無理はするなよ」

「分かってる……って!」


 話しながらも牧を抜くタイミングを計っていた玲奈は、目線とは逆方向に1歩足を踏み出す。
 しかし牧は予想通りとばかりに玲奈の前に立ち塞がる。
 ドリブルをしながら牧と目を合わせた玲奈は、少し口を尖らせた。


「バレバレだぞ」

「う〜……」


 その後玲奈は牧を完全には振り切れずシュートするも、ボールはリングに当たり跳ねた。
 玲奈と牧の攻守が入れ替わる。


「……」


 玲奈はドリブルを始める牧の佇まいに思わず見入ってしまう。ただ立ってボールをついているだけなのに、この人に勝つことが出来ないんじゃないかと一瞬で推し量らせてしまうようなオーラがある。
 一流のプレーヤーは一目見て分かるという。その人がどれだけの能力があるのか、努力をしてきたのかが無意識に身体に滲み出ているのだ。
 
 牧は一回視線を外した後、玲奈の横を瞬時に抜き去る。玲奈が振り返った時にはもう、牧がレイアップシュートを決めていた。

 早い……


 抜く、という気迫もなく、ただ一瞬で。何の気なしにやったというのに近いそのプレーに、玲奈は見惚れた直後静かに気合いを入れ直した。


「次、私の番だね!手加減無しだよ」


 いまだ苦笑いの牧に、玲奈は1回でも本気でプレーさせてやる、と心に決めた。



 何回か攻防が続いたが、牧は息を乱さず玲奈のカットインを阻止する。外からのシュートを決めようとすると容易くブロックされる。今の玲奈では牧を振り切ってシュートをする、なんてことは奇跡に近いことだった。
 牧は玲奈のディフェンスを簡単に突破する。ジャンプシュートを打たれれば、玲奈の身長ではブロックが届かない。傍目から見ても牧の圧勝に近いこの勝負だが、玲奈は一向にやめようとしない。牧は涼しい顔をしているのに対し、玲奈の顔には汗が流れる。

 次の牧のオフェンス時、強引に牧をとめようとした玲奈は身体が接触し、いとも簡単に倒されてしまった。


「玲奈!大丈夫か?」


 牧がすぐに玲奈に手を伸ばし、身体を起こさせる。
 玲奈は牧の予想以上の力強さに、息をのんだ。


 全然本気を出していないのに、こんなにも力の差がある。


「──大丈夫だよ。やっぱ大学トップチームの選手は違うや」


 牧は玲奈の手を離さないまま、息を吐いた。


「男子と女子じゃ体格も違うからだろう」

「うん、そうだけど──でもね、やっぱり凄い」


 倒されても、玲奈が見せた笑顔に偽りが無いことに牧は安堵した。ここ最近見てきた玲奈の泣きそうな、不安定な表情に悩んでいたのだが、今日は1回もそんな顔を見ない。バスケをしていても、玲奈が生き生きとしているのが分かり、牧は安心し心が温かくなった。


「足は大丈夫か?痛くなってないか」

「うーん……そろそろタイムリミットかな。あ、紳くん」

「ん?」

「最後に3Pシュート、打ってみてくれないかな?そばで見てみたいな」

「まだ決定率はそんなに良くないぞ」

「いいからいいから。お願い」


 今までペネトレイトやカットインからのシュートを多用していた牧だったが、大学に入ってからは外角からのシュートにも力を入れている。玲奈は牧から話を聞いて知っていた。

 打っても入らないかもしれない、という前置きを玲奈は一蹴し牧にボールを渡す。
 牧は3Pラインの外に立つと、数回のドリブルの後、シュート体勢を整え真上にジャンプした。

 高い打点、綺麗なフォーム、一連の動き。

 放たれたボールはリングに当たり、バックボードに接触した後ゴールに入った。


「──ラッキー、ナイッシュー」

「……スパッと決まらないな」

「外からのシュートも、これから牧紳一の武器になるね」


 玲奈は牧を見上げて笑った。牧はリングに当たることなくシュートを決めたかったが、玲奈の笑顔を見たら“今はいいか”と思い直した。



「紳くん、今日はありがとう!一緒にバスケ出来て、楽しかった」


 玲奈の曇りない表情に、牧は顔を見合わせ心から微笑んだ。







2017.6.3




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