押してダメでも押してみな
「あー三井センパイだ!!今から部活ですか〜!?」
「――げ、…ああそーだよ」
「やった!見に行ってもいい?」
「……騒がねーならな」
「やったー!!センパイありがとー!」
俺の横に走りこんで来たと思ったら、息を整える前に目をキラキラさせて聞いてくる。
…犬みてえ。
「お、玲奈チャンじゃん」
「あ、宮城センパイ!部活頑張って下さい!」
「玲奈ちゃんに三井サンよりいいとこ見せてやるよ」
「え〜でも玲奈は三井センパイひとすじだから!」
「ゴメンなさい〜」と宮城に言いながら、手を高く振り体育館の方向に駆けて行った兵藤。それを見届けた俺と宮城は、自然と足並みを揃えて部室に向かう。
「――それにしてもモテるっすね、三井さん」
「……モテてねーよ。あいつぐらいだし、あんなこと言ってくんの」
「三井さんのどこがイイんすかね。ついこの間までバスケ部つぶしに躍起だったロン毛歯抜け男のどこに惚れ」
「うるせーな!!」
宮城に痛いところをつかれ思わず舌打ちをする。でも確かに宮城の言う通りだ、と納得する自分もいる。
「1年なら流川にいきそーなのに何で三井さんなのか」
「――あ〜もうしつけーぞ!この話はやめだ!」
部室に到着したのをいいことに、勢いよくドアを開いて宮城の話を終わらせる。
俺があいつに聞きたいくらいだ、何で俺なのかって。
……決して流川に負けてる、って思ってる訳じゃねーけどな!
**
部活の練習中も、あいつは出入口のドア付近にちょこんと立って中を覗いている。他の見学している女子は甲高い声を上げて見てるのに、あいつは声も発さずただ見てるだけだ。目をキラキラさせて。
シュート練習に入ると、俺は兵藤ではなくゴールに意識を集中させる。足の踏み込みからボールが手を離れていく瞬間、感触からの予感が確信に変わる。ボールがネットを揺らす音に思わず口角が上がった。
「ナイッシュー」とどこからともなく声がかかるが、俺にしてみればこんなの朝飯前……
「キャアアアアア!!流川くーん!!」
俺のシュート直後、ゴールに激しくボールが叩きつけられる音に歓声が上がった。見なくても直接叩き込むダンクシュートだと分かる――派手なことしやがって。
リングに直接手は届かなくても、俺のシュートはどこからでも届く。俺も3年だし、無意識に湧き出ているであろう貫禄を……
と耽っていると、再びけたたましい衝撃音が体育館に響き、桜木の高笑いが聞こえてきた。
「なーっはっはっは!!やはり天才は違ーう!!」
「うるせーぞお前ら!」
真面目にやれ!と思わず叫ぶと、入口の隅で兵藤が笑ったのが目に入った。
練習とその後行っていた自主練も終えると、タオル片手に体育館を出る。汗を吸ってTシャツもビショビショだが、練習の量に比例していると思えば、脱いでしまいたくなる着心地も悪くない。俺は口笛を吹きながら部室に向かおうとしていたら、体育館の陰から急に兵藤が顔を出した。
「お疲れ様です!三井センパイ!」
辺りは暗いのにコイツの表情は変わらず明るい。
「今日もカッコよかったです〜っ!特にシュートしてるセンパイ……悶絶です!!」
「お、おー……サンキュ」
絶賛されて嬉しい筈なのに、兵藤から言われると圧倒されて言葉が出なくなる。コイツがグイグイくるからだ、きっと。
一息つくと、ふと兵藤と周りを交互に見返した。
「……ってかお前、ひとりで帰んのか?いつも1人で見に来てるよな」
「あ、1人ですけど大丈夫です!」
「いや、もう暗ーし……」
「え〜三井センパイが心配してくれるなんて嬉しすぎる〜!どうしよー!」
まーたコイツは両手で頬を押さえ1人で盛り上がっている。この終始テンション高めのノリが逆に俺を冷静にさせるんだ、間違いねえ。
「ホントに大丈夫ですから〜!今日は兄が近くまで迎えに来てくれることになってるので……」
「お前兄貴いんのか」
「はい!もう見た目も名前もイカつい鉄男という夜道も安心の……」
「……鉄男!?」
「――は……あ、あああああ!!!」
俺が聞き返すと、兵藤は絶叫し「内緒の約束だったのに〜……!!」と壁にしな垂れかかる。
鉄男、って俺が知っている同名のダチはいるが――まさか、だよな。
「おい」
「……はい」
いつの間にか俯き、いつもの元気はどこへやらの兵藤に冷や汗をかきながら問い掛ける。
「鉄男、ってもしかして俺とその……」
「え!?あーっと、えーと……お兄ちゃんゴメーン!!」
この場にはいない兄に向かって叫ぶ兵藤。
これでコイツの兄貴が誰なのか確定し、俺は練習後にも関わらず更なる汗をかく。
つーか……全然似てねえ!!!
心の中で叫ぶ(何となく口に出すのが怖かった)と、兵藤は開き直ったのかいつもの調子でまくしたて始めた。
「あ、でも今日は盗んだバイクで迎えに来ませんから大丈夫です!」
「鉄男はバイクに愛着あんだろーが!」
「鉄パイプはお兄ちゃんの友達が働いてる工場の廃材だから盗んでないです!」
「今は盗む盗まないの話をしてんじゃねえ!」
「あんな外見でも妹である私の面倒をみてくれる良いお兄ちゃんなんです!」
「……鉄男が面倒見いいのは知ってるよ」
「三井センパイが好きだって相談した時も“バスケットの邪魔はすんじゃねえぞ”って言って応援してくれてます!」
「……鉄男……」
「あとお兄ちゃんが“三井は押しに弱い、女の方からグイグイいけば確実に落ちる”とアドバイスしてくれたんです!」
「鉄男っ……!」
「私が三井センパイを追って湘北を受けたい、って言った時も背中を押してくれました!」
「!……お前そんな前から俺のこと知ってたのか」
てっきり高校に入って初めて俺を見つけたのかと思っていたら、中学の時に俺がバスケをしているのを見かけたのだという。
「三井センパイがバスケ止めててグレてロン毛になってボコボコにされてもまたバスケ始めて、でもスタミナ無くてそれでもシュート外さなくて――そんな三井センパイが全部好きです!!」
褒められてるのかけなされてるのか分からないが、兵藤の想いはしっかり伝わり、俺も思わず赤くなる。
「あー、っと、サンキュ」
現時点でどんな返事を返したらいいか見当もつかないし、自分の気持ちもイマイチ分からない。
でもこいつには、適当な返事で終わらせたくない、ってのが正直なところだ。
「とりあえず……帰るんだろ。鉄男どこに迎えに来るんだ?」
「学校近くのお店の前で待ち合わせです」
「じゃあそこまで送る」
「えっ……いいんですか!?嬉し〜!なーんかお兄ちゃん桜木君には会いたくないみたいで、学校まで来てくれないんですよね〜」
俺は事情を知っているだけに「はは……」と苦笑いをした。
『押しに弱い』と鉄男が言ったらしいが……当たってるかもしれないと思うと――怖い。
(100000HIT記念リクエスト:三井にまとわりつく後輩女子&素直になれない三井)
2017.4.18