I Can't Stop Thinking About You


 転校は初めてじゃない。父親の転勤に合わせて何回か学校も変わってきたけれど、高校2年生の今回でようやく最後らしい。家も購入して、両親はこの地で永住することに決めたようだ。神奈川の、海が見える――この場所で。




「今日からこのクラスに入る、兵藤玲奈さんだ。皆仲良くするように」


 転入初日のお決まりの挨拶。担任の言葉の後、クラスメイトに一言促されるのも毎度のことだ。慣れてくると緊張もほんの少しだけ。


「兵藤玲奈です。よろしくお願いします」


 簡潔に、小さすぎず大きすぎずの声量で挨拶をした後頭を下げた。第一印象は大事――今までの人生で学んだことの1つだ。クラスメイトの視線を一身に受けても、動揺はしない。


「じゃあ兵藤は一番後ろの席に――あの空いてる窓際の席の隣な」


 机と机の間を通りながら「よろしくー」とクラスメイトに顔を合わせつつ席に着く。先生が言っていた通り、私の左隣は空席だった。


「じゃあホームルーム始めるぞ。今日の欠席は――また仙道かっ」

「また遅刻じゃないー?先生」


 先生が呟いた後クラスから笑いが起きる。さりげなく周りを見渡してみると、空いている席は1つだけ。ということは私の隣の席は“仙道”という子のようだ。
 先生の発言から遅刻は常習――だけど皆笑ってるから、そのスタイルすら受け入れられている人なんだろう。


 クラスに1人や2人いるよね、そういう人。



 話は移り、先生からの連絡が終わりそうな頃、ガラと教室の扉が開いた。


「あちゃー、今日は間に合ったと思ったんだけど」

「余裕で遅刻だ仙道!これ以上の遅刻は田岡先生に報告するからな!」

「うわ、そりゃ勘弁」

「早く席に着け!転入生も来てるから陵南生としてちゃんとしたところ見せろよ!」

「え、転校生?」

「お前の隣にしたからな、模範的な態度で授業を受けるように!」


 仙道“くん”とやらはとても嫌そうに「え〜」と不満を口にすると、クラスから笑いが起きた。仙道くんが席に向かう間、クラスの男女関係なく「仙道おーっす」や「仙道くんおはよー」等言葉が飛び交う。

 人気あるんだなあ。

 仙道くんは空いていた席――私の隣の席につくと椅子を引いた。
 近くで見ると、自分の予想以上でビビる。

 背……たっか。


「よろしくー」


 仙道くんはヘラっと笑いながら私に向かって挨拶をした。椅子に座っても隠し切れない身長と髪の毛の立ち具合。


「あ、よろしく…兵藤玲奈です。皆にはさっき言ったから」

「そーなんだ、今日は遅刻じゃないと思ったんだけどなー」


 拗ねるように、少し悔しそうに呟く隣の席の男の子に、私はハハと愛想笑いを浮かべた。





**





 クラスの皆は優しかった。何かと声をかけてくれたり昼食も誘ってくれたりと気にかけてくれる。この学校なら楽しい高校生活が送れそうだな、と第一関門である不安は払拭されそうだ。


「兵藤さん、仙道くんは気にしなくていいよー。いつもあんな感じだから」

「――あんな感じ、って?」

「授業中は寝てばっかりだし、遅刻はしょっちゅう。バスケ推薦で陵南に来たから、バスケで成績落とさなければ先生達も黙認――って状態」

「へー……バスケ部なんだ」

「1年の時からエースだからね!うちの高校のバスケ部強いんだよー!」


 一緒にお昼ご飯を食べていた4人の女子達が一段と盛り上がり、陵南高校と仙道くんの情報をひっきりなしに教えてくれる。
 特に強い部活が男子バスケ部で、仙道くんはその中でも群を抜いて上手い、と。


「今度バスケ部試合があるから、兵藤さんも応援に行かない?クラスの皆も行くし……陵南生は応援行く人多いよ、仙道くんいるから」


 「転入してきたばかりだから無理にとは言わないけど」と私を気遣ってくれる出来たばかりの友達に、私は微笑んで首を縦に振った。





 仙道くんは、授業中は寝てるか窓の外を見てるかのどちらかだった。帰りのホームルームが終わると、大きく伸びをした後これまた大きいあくびをした。
 廊下には違うクラスの人達も入り乱れる。帰路につく子や部活バッグを下げて歩く子達など様々。


「仙道くーん!今度の試合応援に行くから!頑張ってね!!」


 廊下から仙道くんに向かって呼び掛ける女子達は、見慣れない他のクラスの子だった。
 仙道くんはヘラヘラ顔で手の平をヒラヒラさせると「サンキュー」と言った。それを見た女子達はさらに盛り上がって走り去っていく。


 クラスを超えて、学校全体でも人気あるんだ。

 学年でも1人や2人いるよね、そういう人。


 クラスでの様子を見てると全然そんな風には見えないのに。
 ……確かに、見た目はカッコいい部類ではあると思うけど。


「じゃーね、兵藤サン」


 まだ隣の席にいた仙道くんに不意に話しかけられたので、私は一瞬焦った。


「あ、うん…バイバイ」


 颯爽、というより飄々って言葉の方がしっくりくるなあ、と仙道くんの後ろ姿を見て思った。





**





「仙道!仙道!」
「仙道くーん!!」


 市民体育館内に響き渡る仙道コール。私の隣にいる友達も負けじと声を張り上げている。
 この前誘われた試合に制服で応援に来てみれば、高校生だけじゃない一般の人達まで仙道くんのことを知っていて、一緒になって彼の名前を叫んでいる。
 試合開始の時の選手紹介で仙道くんの名が呼ばれた時もすごい歓声だったけど、試合が進むにつれどんどん大きくなる仙道コールに、正直呆気にとられている。

 何ていうかもう……凄すぎる。


 ここぞという時に放つシュートが外れないから、観客はますます仙道くんに期待し、声援が比例して増していく。


 私は仙道くんと観客を交互に見返しながら、この状況に飲み込まれていく自分を留めるのに必死だった。


 仙道くんは、クラス、学年、学校を飛び越えて。
 高校生だからじゃない、1人の人間として人を惹きつける存在――なんだろう。


 学校内でも、なかなかいない――そういう人。



 彼に惹きつけられてやまない人達の中に、私も仲間入りするのかは、

 まだ私にも――分からないけれど。


 ただ、今見ている試合には勝ってほしいと、自分の手を強く握った。











(100000HIT記念リクエスト)

2016.12.2



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