2016 summer(牧)


 金曜の仕事終わりに訪れたのは、屋上のビアガーデン。
 日が落ちて日中よりも気温が下がったものの、依然として汗をかくほどの夏の暑さ。けれどここへ来ている人達は解放感とアルコールが手伝って、気温の不快感を感じさせない程盛り上がっている。
 その空間をぬって通されたテーブルに着き、軽く深呼吸する。
 真正面に座っているのは私の直属の上司だ。


「とりあえずビールでいいか?」

「あっ、はい」


 慣れた動作で店員にお酒と食べ物を注文するガタイのいい上司の牧さんは、学生時代は名の知れたバスケット選手だったそうだ。実業団やプロにスカウトされる程の実力もあったらしいが、現在は私と同じ企画部でサラリーマンとして働いている。うちの会社でも身体を鍛えている男性社員は多いが、牧さんに敵う人はいないだろう。背広を脱いだYシャツ姿の状態でも体格の良さが隠せていない。

 あまり待たずに注文した大ジョッキがテーブルにのせられた。屋上のビアガーデンだからこそ、小ぶりなグラスでちまちま飲むよりもグビグビと一気に飲みたい。女性らしい可愛さなんてないかもしれないけど、牧さんが当然のようにジョッキで頼んだから気にしない。


「じゃ、乾杯」

「はい。お疲れ様です!」


 もう汗をかきだしたジョッキを牧さんとカチンと合わせると、2人してすぐさまビールを一気飲みした。週末で、牧さんと組んで行っていたプロジェクトも一段落ついて、という解放感があり過ぎる今日程気持ち良く飲める日はない。こんな気分で飲むなんて、これからのスケジュールを考えてもしばらくの間はないだろう。
 同じタイミングでジョッキを置いたのに、牧さんの方が圧倒的に中身が減っていた。やっぱり男女の違いだ。

 食べ物も次々と運ばれてくる。牧さんと仕事の話や職場であった話をしたりして、今までで一番楽しく会話が弾んでいる。


 それにしても……。
 辺りも暗くなり、明りはビアガーデンの照明のみになると、牧さんの色黒さが気になってきた。
 何でだろう――社内で初めて会った配属の時は少し気になった程度なのに、野外でしかも夜となったからなのか、牧さんの腕や顔の色が闇夜に同化していく様が気になって仕方なくなってきた。
 周りの人達は照明を受けて肌の色が白く強調されるのに、牧さんはやたらYシャツの色が際立ってきて、心の中で理解してはいるのにそのことばかりが頭を支配していく。


「……おい」

「!……何ですか牧さん」

「……今何を考えてる?」

「えっ……いやー、その…」

「言っていいぞ」


 怒ってはいないが有無を言わせない無言の圧力に、私はすぐに怯んだ。


「……えーっと、牧さん色黒ですよね」

「……やっぱりか」


 え?と私が聞き返すと、牧さんは溜息をついた。


「学生の頃から言われ慣れてる。地元が海が近くてな、サーフィンやるから焼けるんだ」

「!――だから黒いんですね。バスケをやってたって聞いてたのにどうして黒いのかな、って思ってたんですよ。体育館でやるスポーツだから日焼けしないでしょう」

「……興味あるか?サーフィン」

「え?」

「海のシーズンだしな。興味があるなら連れて行くぞ」


 思わぬ話の方向に私は一瞬固まった。
 牧さんの黒さに吸い込まれそうになっていた女に対して、当の本人はサーフィンに誘っている。
 牧さんのサーフィンなんてすごく興味があるけど、牧さんがどういうつもりで言ったのか、イマイチ分からなかった。


「え……っと、牧さんがサーフィンしてるのは見てみたいです、けど」

「――けど?」

「職場の皆も一緒に、ですよね?」

「……それでも構わないが、俺は個人的に誘ってる」

「……え?」

「――白状するとな、今お前とやってる案件が終わったら俺は新規のプロジェクトに参加することになってるんだ」

「……そうなんですね」

「つまりだ、その――接点が少なくなると思って、だな」

「……私との、ですか?」

「…今誰との話をしていると思ってるんだ」


 私は黙ってしまった。だって、それはつまり、牧さんは私と繋がりを持ちたいってことで……しかも個人的に。

 牧さんを正面から見つめる。私も牧さんと一緒の仕事が終わると思うと、残念だなという気持ちと共に牧さんをもっと知りたいなという感情も生まれ始めていた。




「……サーフィンするのは私にはちょっとハードル高いので……海、一緒に行ってもいいですか?」


 いつの間にか2人共ジョッキを置き、飲むのも止めてお互いの反応を探りあっている。
 私の言葉に目を丸くした牧さんは、驚いたのも束の間「おう」とだけ言うと顔に手をやり口元を隠した。

 ……嬉しいのかな?



「――じゃあ早速だが日を決めるか」

「牧さん、新しいプロジェクト始まるんなら休日なんてまだ分からないでしょう」

「休みは自分でもぎ取らないとこの先苦労するぞ」

「……牧さんのスケジュールに合わせますよ…」



 夜の闇に紛れた牧さんより、太陽の光を浴びて波に乗ってる黒々した牧さんを見てみたい――なんて思ったのは、とりあえず内緒にしておこう。










(社会人牧 in summer)
2016.7.14








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