30 違和 1
「兵藤さん……だよね?インターハイ出てた」
大学の講義前の移動中、玲奈は知らない女子から声をかけられた。玲奈の目の前で立ち止まったその女性は決して険悪ではなく、活発で聡明そうなことは意志の強そうな瞳から見てとれた。
インターハイに出たのを知っているという事は、と玲奈は思い問いかけた。
「あ、はい……あの、バスケ部の方ですか?」
「部には入ってないよ、バスケのサークルに入ってる。結構活動多い方だと思うよ――あ、私ね2年の――」
1学年上でバスケットのサークルに入っていて、玲奈が出場したインターハイにこの先輩も県代表で出たという。玲奈がプレイした試合も観戦していて顔を覚えていたらしい。「2回戦で負けたけどねー」と話す先輩の顔は清々しい。
「この前学食で兵藤さん見かけてさ、ビックリしたよ。てっきりバスケ強い大学行ったのかと思ってたから……バスケ部には入ってるの?」
単なる疑問と好奇心――悪意も感じないこの先輩に、玲奈はすんなりと自分の現状を話した。
「足を怪我して……部で活動するのは厳しいんです。個人練習は続けてるんですけど――勉強したいこともあるのでバスケ進学ではなくここの大学に」
「……そっか。インターハイの時テーピングで足ガチガチに固めてたね、思い出した……」
思い耽り顔を固くした先輩に玲奈は咄嗟に声を上げようとしたら、先輩は勢いよく玲奈を振り仰いだ。
「じゃあさ、気が向いたらうちのサークルにおいでよ!入ってくれたら嬉しいけど無理にとは言わないし――定期的に体育館借りて練習とゲームもしてるから!参加したい時は連絡して!」
先輩は持っていたファイルから紙を取り出し玲奈に手渡した。新入生用に余分に刷っていたというそのチラシには、バスケサークルの紹介と、男女の代表者数名の連絡先が書かれている。
「私、矢野ね!来たくなったらすぐ言ってね」
チラシに記載されている自分の名前を指差し、玲奈に念押しした矢野先輩は、話しかけてきた時の快活な表情に戻ると手を振って去って行った。
嵐のような出来事に一瞬呆けていた玲奈だったが、授業が始まるのを思い出すと早足で講義室へ急いだ。
玲奈は席に着き一息つくと、先程もらったチラシに目を通す。部に入る気や余裕はないけれどバスケットをしたい人達が集まって楽しく活動する――そんな印象を受けた。
確かに個人練習だけじゃ限界があった。オフェンス、ディフェンスの練習やパス回し、ディフェンスありのシュート練習等、ひとりじゃ出来ない練習がチームだと出来る。
試合は無理でも練習には参加したいな、という思いが自然と玲奈の心に湧き上がっていた。
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「次、1ON1――!!」
玲奈はあの数日後矢野先輩に連絡し、直近で参加できる練習日を教えてもらった。今日は練習に初参加させてもらっている。初日なので参加する前にメンバーの前で挨拶をしたら、皆快く受け入れてくれた。怪我のことも話した上での参加だ。
このサークルは男女とも在籍しているが、練習・試合は男女別れて行い、飲み会やイベントは合同で行うというスタンスらしい。
ストレッチ、ドリブル、パス練習の後、笛が鳴り一対一の練習の開始を告げた。
「兵藤さん、練習続ける?続けるなら私が相手させてもらうけど」
玲奈を勧誘した矢野先輩が、玲奈の足に目を向け心配そうに声をかけた。「無理はしないでね」という先輩の心遣いが玲奈の心の負担を軽くする。
「――すみません、お願いします」
矢野先輩はこのサークルの女子の中で最も上手い人だった。玲奈が頭を下げた後、2人は一対一のポジションをとる。
「うわ、上手いどっちも!!」
コートの端で声が上がった。玲奈と矢野先輩はお互いシュートを決める。
しかし時間が経つにつれ玲奈のフットワークが重くなった。矢野先輩を抜くことが出来なくなり、簡単に横を抜かれる。
玲奈が苛立ちを感じていると、1ON1終了間際に左足に痛みが走った。玲奈の練習終了を知らせる合図だった。
玲奈は矢野先輩に足に痛みが走ったことを伝え、体育館の端に腰を下ろした。
もっと動けたのに。
もっと高く跳べたのに。
こんなに早く身体が重くならなかったのに。
足の手術をしてから初めて感じる感情に、玲奈は誰にも気づかれないように息を吐いた。
2016.10.4