29 実力
毎年5月に関東大学バスケットボール選手権大会が行われる。春のトーナメントと呼ばれ、100を超える大学が出場し、文字通り関東の大学No1を決める大会だ。高校バスケで活躍した選手の多くは関東の大学に進むため、大学上位校は関東に集中している。関東限定の大会といえどレベルは高い。
「……多いなー、観に来てる人」
昨年の様子を思い出しながら玲奈は呟いた。ゴールデンウィークを挟むため観戦する人が多いのは分かってはいたが、年々観客の数が増している気がする。しかも今日は準決勝で、試合開始までまだ時間はあるが満員に近い。
玲奈は1人で来ていたため、空いている席に腰を下ろすと一息ついた。今日は下馬評通り勝ち進んでいる深体大の応援だ。今朝玲奈の携帯に届いた牧のメールによると、なんとベンチメンバーらしい。河田、諸星も同様に。まだ2年生にも関わらず、すでに3人は頭角を現し始めていた。
玲奈は購入したプログラム表を見ながら深体大以外の大学をチェックしていると、近くではバスケ談議に花を咲かせているおじさん達や学生達が。徐々に上がっていく熱気に、玲奈の興奮も高まっていった。
「来た!深体大!!」
「いつも通り勝てよー!!」
準決勝第一試合に登場する両校がコートに入ると、会場のざわつきが一層大きくなった。前年王者の深体大だ。大学No1の座は今だ揺らいでおらず、選手層も厚い。すぐに試合開始前のアップが始まった。
玲奈は食い入るように練習を見つめる。牧を見に来たというのも勿論だが、プレイヤーとしてのチェックも自然と怠らない。相手校もここまで勝ち進んでいるから強いはずなのに、淡々と練習をする深体大の選手に王者の貫録を感じた。
数分後、ブザーが鳴り響きスターティングメンバーがコートに入った。
――河田兄さん、スタメンだ…
2年生にして大学No1のチームのセンターポジションを獲得している河田に、玲奈は驚いた。
「河田はもう大学でもベスト3には入るだろう」
「まだ2年だしな、この先楽しみだ」
「俺は深津にも深体大入って欲しかったんだよー、山王の時から追っかけてるから」
「高校時代を知ってると一層楽しいですよね」
玲奈の後ろに座っているおじさん達は、高校バスケも観戦している学生バスケ好きの人達のようだ。自然と聞こえてくる情報に、玲奈はふんふんと聞き耳を立てる。
その時歓声が上がる。河田が相手のシュートを叩き落とした。
「強ええー河田!!」
「ゴール下で点取れねーぞ!」
身長もあり身体が大きい割には機動力が高い河田のプレーに、相手の選手が怯んでいるのが分かった。
「いいぞいいぞ河田!!」
深体大の応援が盛り上がる。相手の外から中に通ったパスからのシュートはことごとく河田に弾かれる。
「こりゃ外角一辺倒になるぞ……」
「そうなると守る方は楽なんですよね」
「外からのシュートは入る確率が低いからな」
常連おじさん達の言った事は的中し、外角シュートが目立ち始めた相手チームの得点は伸びず、深体大との差がどんどん開いていく。
試合は進み、15点差がついたところで選手交代のブザーが鳴った。
「あ」
ポイントガードとシューティングガードのポジションに、牧と諸星が交代でコートに入った。河田らとハイタッチをかわす。
試合は再開し、牧が起点となりボールを持ちドリブルを始める。
「牧はなんか貫禄あるよな〜」
「……見た目じゃね?」
「2年に見えねーし、最初OBかと……」
複雑な感情で隣の学生達の話を聞いていた玲奈だったが、コートでは驚くくらい速いスピードでゴール下に切れ込む諸星に、牧が絶妙なタイミングでパスを通した。あっさりと諸星のシュートが決まる。
「すげー!ドンピシャ!!」
「牧は自分でもガンガン攻め込むしパスも上手え!!」
「牧のペネトレイトとか止められねえもんな…」
隣で繰り広げられる会話に玲奈はうんうん、と思わず頷く。彼氏だという贔屓目無しに、牧のプレイは観客もプレイヤーも圧倒する。玲奈は男の人としても、バスケ選手としても彼を尊敬しているのだ。
牧は初めはパス回しに徹していたが、だんだんと自分からゴール下に攻め込んでいく。一対一では牧を止めることが出来ない。
「出たー!牧のペネトレイト!」
「諸星のシュートが外れない!」
「牧のパスから河田のアリウープ!派手すぎる!」
観客の反応は一様に深体大の圧倒的な強さに対するものだった。準決勝にも関わらず点差が開いていき、黄金世代と呼ばれる選手の個人技に一喜一憂する。
試合は深体大の圧勝で終了した。
「今年の1年も良い選手が入ってきてるみたいだしな」
「深体大以外の2年もレベル高いのが多いし……これから王座がひっくり返るかもしんねーぞ?」
「牧vs藤真とか見てみてーな、俺神奈川住みだからさー」
「なら河田vs赤木だろ、忘れてねーぞインターハイ!」
「じゃあ……」
第一試合終了後も、おじさん達は観たいマッチアップの言い合いに熱が入っている。玲奈はくすっと笑いながら席を立った。
「――お、玲奈ちゃん」
試合後、河田は深体大控室付近にいた玲奈を遠目から見つけると、玲奈に近寄った。
「!――河田兄さん」
「玲奈ちゃん、観てた?俺の雄姿」
「はい、凄かったです。スタメンでフル出場だし…」
玲奈の言葉を聞いた直後、河田は玲奈の手をとると両手で包みこんだ。
「そこは“カッコ良かったです雅史さん”って言ってくれないと」
「――え?」
「――おい」
玲奈は握りこまれた手を見つめていると、河田の後ろから牧が姿を見せた。牧はすぐさま河田の手から玲奈を離す。
「紳くん。お疲れ様!」
「観に来てたんだな」
「うん、凄かった…。紳くんも、河田兄さんも、諸星さんもプレーが…」
言いたいことは山ほどあるのに、興奮が上手いこと言葉にならない。
バスケットの優秀なプレーヤーが周りに沢山いて、プレーも参考になるものばかりで。
「――上手く言えないや…。とりあえず、おめでとう。決勝も頑張って!」
勝利に満足気な笑みを浮かべる牧と河田に、玲奈は笑顔を見せた。
心の奥の、深い深い底でちり、と生じたほんの少しの傷には、まだ気付かずに――。
2016.5.20