28 春風


 3月上旬。深体大の学食で牧、諸星、河田の3人は早めの昼食をとっていた。 
 いつもならテーブルに携帯電話を置かない牧なのに、今日は皿がのったトレーのそばに置き、チラチラとチェックをしている。それが気になった諸星は牧に尋ねた。


「牧、今日はよく携帯チェックしてんな」

「――え?ああ、ちょっとな」

「なんだよ、何かあるのか?」

「……玲奈の、第一志望大学の合格発表なんだよ。今日」

「「!」」


 この3人はバスケ推薦組だったため、一般入試に縁が無かった。受験番号を手に大学の掲示板で合格を確認する――という一大イベントは経験していない。


「――だから妙にそわそわしてたのか」


 超大盛りの丼飯を前に口を動かしながら、河田が納得したように頷いた。


「ああ…結果が分かったら連絡をくれることになってる」

「……傍から見てると恋人の知らせを待ってる、っつーより娘の知らせを待ってるように見えなくも」

「――それ以上言うな諸星、流石の牧もそこまで老けてないだろう」
「………」


 年上に見られること、つまり老けていることを秘かに気にしている牧は内心かなりショックを受けていたが、言ってもどうにもならないので無言の怒りを示した。
 諸星がうっ、とたじろいだ直後、ブブブとテーブルの携帯が振動した。

 牧はすぐさま携帯を手に取ると、黙々と操作する。諸星と河田は静かに牧の動向を見守っていたが、バスケのプレイ中には見たことのない牧の破顔を見ると、誰からの連絡かは一目瞭然だった。


「――玲奈、無事合格したって」

「おー!良かったな!」

「――これで玲奈ちゃんも春から大学生か」


 ああ、と牧は口角を上げたまま頷いた。玲奈は足の怪我もあり、バスケットでの進学はしなかった。怪我等でハンデを負っている人のサポートをしたい、と大学も学部も選んだ末の合格。牧が自然と笑顔になるのも頷けた。


「……玲奈ちゃんは大学でバスケする…のか?」


 諸星はずっと気になっていたことを口にした。現状ではコートを走り回ることは厳しいのは分かっているが、バスケに対する玲奈の意思はどれくらいのものか知りたかったのだ。


「――まだリハビリが完全に終わった訳じゃないからな……。バスケ部には入らない、とは聞いてるよ」

「……そっか」

「受験優先だったけど自主練は少しずつやってるみたいだから。玲奈自身もバスケは諦めてない、って俺にはっきり言ったよ」

「――そうか」


 諸星と河田は牧の言葉に表情を緩ませた。大学でも引き続きバスケット一本で、という自分達と、玲奈はステージが変わる。
 心のどこかで思っていた――玲奈にはバスケットに関わっていて欲しいという気持ちは捨てなくても良さそうだと3人はそれぞれ安堵し、牧は玲奈に返信を打ち始めた。







**********






 季節は春。今年から玲奈は大学生となり校舎も勉強の内容も変わる。入学式が終われば、大学では部やサークルが新入生の獲得に色めき立つ。玲奈もその餌食となり、色々な先輩から声を掛けられていた。


「いや、サークルは入る気は無くて」

「ちょっと見学だけでもしてみない!?いきなり入ってとは言わないから」


 今のところ玲奈の興味を引くサークルは無かった。ようやく断り慣れてきたところで玲奈の目に1つのプラカードが目にとまり、立ち止まった。


 “バスケットボール部 部員募集”


 今バスケ部に入ったところで満足にプレイは出来ない。かといってマネージャーをしてまで部に入りたいという気持ちは無く、大学の勉強に集中したいというのが本音だ。

 玲奈は目線を外して歩き出した。


 ――今自分が出来ること、やりたいことをやる――

 大学での当面の目標は、既に定まっている。


 そう決意を再確認していると、鞄の中が振動しているのに気付いた。携帯電話が鳴っている。
 鞄を開け、もらった大量の資料の脇から携帯を取り出すと、メール着信を告げていた。

 携帯を操作すると牧からのメールで、玲奈は即それを開いた。


 “入学おめでとう。勧誘やら声かけられることが多いと思うけど、男にほいほいついていくなよ”


「ふ……」


 玲奈は外にも関わらず、携帯を握りしめ画面を見つめたまま堪えきれず笑った。









2016.3.25




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