マッチアップ



※試合はクォーター制にしてます



 手に汗握る、とはまさにこの事だろう。

 全国高校バスケットボール選抜優勝大会、通称ウィンターカップとよばれる冬の大会の神奈川県予選。県から1校しか全国に進めないとあって、強豪校揃いの神奈川は予選から白熱したゲームが展開されていた。


 私がマネージャーをしている我が海南も順調に勝ち進み、今日は準決勝――陵南との試合が目の前で繰り広げられている。
 コートの側、控えメンバーのベンチの隣に設けられた机を使用して、スコアシートに間違えないよう試合内容を記録していく。傍目では淡々と書いているように見えるかもしれないが、心中は興奮し通しだった。



 試合開始前のアップから、気になる事もあった。


 ――たまに、ほんの一瞬。対戦校のキャプテン、仙道君と目が合う。


 最初は偶然だと思っていたけれど、試合が始まってからもまた同じ事があった。それが何回も続くと、もはや違和感が拭えない。

 何故、私を見るの…?




 ブザーが鳴り、第1クォーターが終わった。終始海南のリードで試合は進んでいる。ベンチに戻ってきたメンバーに監督が指示を出している間、私はタオル、ドリンク渡しとサポートに動きまわる。

 もうすぐ第2クォーターが始まる、という時、牧が私にタオルを返してきた。


「玲奈、次もちゃんと見てろよ」

「見てるよ、牧達――私達3年の最後の大会だしね」

「ああ、それもあるが……次はおそらく仙道とマッチアップだ」

「――え?」

「…全国行きだけを賭けた戦いじゃないからな」

「えっ……ちょっとどういう意味――」


 私の言葉は試合開始のブザーにかき消された。牧に追及しようとする間もなく、スコアが書ける体勢を整える。その瞬間、会場がワッと大歓声に包まれた。


「牧vs仙道!!」
「こいつは見ものだぜ!!」


 牧の予想通り、ポイントガードのポジションに仙道君が陣取る。牧の口角が上がった。
 2人が何か喋ったような気がした。ベンチからでは何を話しているのか分からない。


 陵南は仙道君を起点にボール運びをする。しかし牧が易々と相手の思い通りにさせる訳がない。


「仙道が牧を抜けねえ!」
「帝王をやっつけろ仙道ー!!」


 観客のボルテージはどんどん上がっている。私も思わずボールペンを握りしめたまま胸に手を当てた。この2人の対戦に、興奮しない観客なんていない。

 数回のドリブルの後、牧の右側から仙道君が抜いた。
 トップスピードでゴール下に攻め込んでくる仙道君を止められず、海南は得点を許してしまった。


「仙道負けてねーぞ!」
「世代交代か!?」


 次の攻撃、牧もお返しと言わんばかりに、ペネトレイトを決める。簡単にやっているようにも見えるが、仙道君に隙は見えない。両者の駆け引きと、一瞬の隙。私には到底入り込むことの出来ない世界。

 試合は牧、仙道君を起点に進んでいく。




「……どっちを応援してる?」


 私の隣で同学年の宮益が呟いた。誰に向かって言ってるのか分からず、宮益を見ると目が合った。


「――どっち、って海南に決まってるじゃない」

「…まあそうなんだけど、牧と仙道だったら?」

「そりゃあ牧でしょ、うちのチームなんだから」

「……そうか」

「もう、何が言いたいの?」


 私は宮益の言いたい事が分からなくて軽く苛立った。この間にもゲームは進んでいて、スコア記録も同時に行わないといけない。


「牧から告白されたんでしょ?」


 突然の爆弾発言に、手に力が入った私の字は歪んだ。


「な、な、何で今そんなこと…」

「あ、今高砂の2点だよ」

「え、あ、ありがと」


 動揺して記録が追い付いていない私を、宮益はフォローしてくれる。でも元はと言えば宮益が変なことを言い出したからだ。


「――牧が名前で呼び捨てにするのなんて兵藤くらいだし。実は陰で噂になってたんだよ?」

「……そ、そうなんだ」

「噂、合ってる?」


 ピッ、と笛が鳴りボールがコート外へ出た。少しの間を与えられた私は息を吐いた。


「…合ってるけど、引退まで返事は待ってもらってる。マネージャーだし、部活に私情は入れたくなかったから」

「――そっか。兵藤らしいね」

「…この話に何で仙道君が出てくるの?」

「…気付いてないの?どーりで牧がやきもきしてる訳だ」

「え?」

「仙道も兵藤のこと気になってるよ――多分」

「……はあ!?」


 私が思わず叫ぶと「神のスリー!!」とベンチの皆が3本指を立てた。シュパッといい音をたてて海南に3点が追加された。

 スコアをつけながら、私は宮益と牧の言葉を思い返していた。

 だって、仙道君から何も言われてないし。

 試合の時、会場で会ったら挨拶するだけの仲なのに、そんなこと……。


 ぐるぐると思考が止まらない。点の取り合いで進んだ第2クォーターは、海南のリードを保ったまま終了した。



 後半戦に入る前に、レギュラーメンバーは一旦控室に戻る。ベンチから立ち上がった目線の先には、まだコートにいた仙道君の姿が。当然の如く目が合ってしまい、どうしていいか分からなくなる。

 こっち(というか宮益と牧)の勘違いかもしれないし、普通に普通に!

 …といっても思いっきり目をそらしてしまった自分が情けない。



 余計な事は考えないようにと思いながら控室へ戻る途中、汗だくの牧が私の隣に並んだ。


「――ちゃんと見てたか?宮と喋ってたみたいだが」

「う、ん、見てたよ。ていうかベンチ見る余裕あったの」


 私の言葉を聞いた牧は、少し小声になった。


「……好きな女には自分のプレイしてる姿、見てもらいたいからな」

「なっ…」

「絶対勝つ。陵南にも――仙道にもな」


 牧の眼光が鋭くなったのに気付いた私は、思い切って牧に尋ねた。


「……牧、宮益から聞いたんだけど。仙道君って――」


 話し終える前に、牧は私に顔を向けた。少し驚いた顔をして。


「……もしかして気付いてなかったのか。今まで」

「だ、だってそんな事あるわけないって思って…ほ、ほんとなの?」


 牧は「俺でさえ気付いたのに」と溜息交じりに呟いた。今の牧の言葉で、どうやら真実なのだと認めるしかないようだった。認識したのと同時に顔が熱く火照り出す。


「――試合中にも堂々と宣戦布告してきたからな、あいつは。勝利も玲奈ももらいますから、ってな」

「……うそ」


 身体が熱いまま呆然としていると、牧が私の頭をポンと優しく叩いた。


「選抜終わったら返事聞かせろよ?」


 それだけ言い残すと、牧は試合モードの表情で控室へと入っていった。










 後半の第3、4クォーターは陵南が追いついてきたけれど、魚住くんが引退しているのが響いたのか一度も逆転されること無く、海南の勝利で試合は終了した。


 牧と仙道君がコート上で握手を交わしている。何を話してるんだろうかと非常に気になるけれど片付けが先だ。

 仙道君がキャプテンとして海南に挨拶に来ると、監督と言葉を交わした後、私の前で立ち止まった。


「――負けたよ、玲奈サン」

「…うん、でも陵南強かった」

「さっき牧さんに聞いたけど、全然俺の気持ち気付いてなかったんだってね?」


 こんなに長く仙道君と話すのが初めてなのに――しかも内容が内容だけにどうしたらいいか分からず下を向いた。


「わ、分かるはず無いじゃない」

「…で、どう思った?やっぱり牧さんがいい?」


 いきなり核心を突く質問に、心臓がバクバク跳ねるのを感じながら一度大きく息を吐いた。
 仙道君相手に、上手くかわせる術なんて私は持っていない。


「……ごめん。牧がいい」


 私の返答を聞いた仙道君は、後ろ頭をかきながら首をすくめた。


「――あーあ、完敗だ」


 そう言った仙道君は、なんとも複雑な表情で私を見やった。泣きたいような、笑いたいような、色んな感情が入り混じった、顔。


「……来年の活躍、楽しみにしてる」


 仙道君と面と向かって話すのなんて今日で最後かもしれない。そんな感情が、私に力をくれた。
 私は仙道君に手を差し出す。

 一瞬、間の抜けた顔をした仙道君は、フッと笑って私と握手を交わした。


 海南と戦ってくれてありがとう。
 私を見てくれてありがとう。



 伝わってるといいな、と願いながら、お互いコートを後にした。









2015.9.29



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